2015年08月26日

◆科学のショーウインドー化で解決へ

武田 邦彦


広島と長崎は今年、原爆投下から70回目の夏を迎えた。11日には、九州電力川内(せんだい)原発が新規制基準導入後初となる原子炉の再稼働に踏み切り、国内で続いた原発ゼロは約2年ぶりに解消した。20世紀の科学史最大の発見とも言われる核エネルギーは、日本に何をもたらしたのか。

日本は原発を再開すべきか、核武装すべきか−。国内で延々と続く議論は、ますます思想的な色彩を強めている。このままでは、せっかく議論をしてもいたずらに対立を深めるだけで未来のためにならない。本稿では、原発や核といった重要な政策課題の選択で、対立を緩和する手順について整理してみたいと思う。

キュリー夫人が19世紀にラジウムを発見し、「太陽はなぜ光っているか?」という大きな疑問が解けた。その後、エックス線検査という診断方法ができて、多くの人の命を救うことになった。でも、その発見は同時に原子爆弾にもつながり多くの人の命を奪った。

日本は準核武装国

科学の結果は、それが人類社会にプラスになるか、マイナスになるかは、科学者当人にも分からないし、社会も予測できない。だからこそ、科学はその成果を「ショーウインドー」に飾るにとどめておく必要がある。

それを見た一般社会の人が、科学の産物を使おうと思うか、思わないかを判断するという2段プロセスを踏まなければならない。時々、「人類に災厄をもたらすものを科学者が開発すること自体が間違いだ」と言う人がいるが、科学者にはそんな判断力はない。どんなものも良い点と悪い点があり、それは社会が判断するしかない。

原発再開の問題を見ても、賛成派と反対派がいつまでたっても自己の主張をするだけで、議論が深まらない。その理由は「ショーウインドー論」が日本社会に定着していないからである。

まず、科学者はショーウインドーに原発を飾り、その説明を示す必要がある。

例えば、(1)原発は原子核を反応させ、高効率で電気を取り出すことができる(2)地震などの天変地異がなければ他の電力生産設備より災害が少ない(3)震度6以上の地震に耐える設計はできない(4)電源喪失が最も危険なので、複数の電源を違う場所に設置する必要がある

(5)被曝(ひばく)のリスクがあり、被曝と疾病の関係は明確ではない(6)被曝と疾病の関係が明らかではない段階で原発を稼働する場合は、1年1ミリシーベルトを被曝限度とする。

この説明を示した後、社会の判断を求める。この説明は純科学的な議論を経て行うことが大切で、思想的、経済的な関係のある人が参加してはいけない。原発は思想問題ではなく、科学技術とそれを受容するかどうかの社会の判断である。

原子力技術は「平和利用」と「軍事利用」が区別できない。つまり、「原発を持っている国で核武装できない国はない」ということだ。だから、日本は「いつでも核武装できる力を持っている準核武装国」であることは間違いない。

手順踏み論点明確に

原発再開や核武装の是非は、日本の未来にとって極めて重要なテーマである。したがって、現在のように思想が先行して混乱が収まらない状態を脱する必要がある。そのためには、「科学技術が伴う議論を要するテーマ」についての「整理手順」を決める必要がある。

まず第1に、「技術のショーウインドー化」を社会的、あるいは法的に定める。この段階では、エネルギーの国策などは一切考慮せず、純粋に技術面から社会に説明する事項を決定し、透明性とオープンな議論を経る。

第2に、「ショーウインドー化された技術」を日本が採用した場合の利点や損害を、政治・経済・社会・思想の各面から、政策とは切り離して専門家が検討し、議論を公開して国民の理解を促進する。

第3に、現在のプロセス、すなわち第1、第2のプロセスを報道によって知った国民が作る世論、選挙を通じた国会などで意思決定する。第1と第2のプロセスがない日本では、議論が行ったり来たりするので、手順を踏んだ方が論点が明確になり、かつ意思の統一もできる。

日本は一日も早くこのような決定手段を持つ国になるべきである。

【プロフィル】武田邦彦 たけだ・くにひこ 中部大特任教授。昭和18年、東京生まれ。日本エネルギー学会賞など受賞多数。環境や科学の問題に対して、定説とは異なる主張を展開して注目を集め、テレビのコメンテーターとしても活躍する。著書に『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』(産経新聞出版)など。
          産経ニュース【iRONNA発】2015.8.
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