2015年08月29日

◆沖縄・翁長知事の変節は、

〜あの元首相と同じ〜
佐々木 美恵

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題に関して、沖縄県議会で行われた議事録を読んでいると、次のような発言がありました。

「沖縄の基地問題の解決には、訪米要請(注・県が組織した要請団による訪米)もないよりはいいでしょうが、むしろ訪米のエネルギーを日本政府にぶつけることによって大きな進展が図られるのではないでしょうか」

これは、最近の議事録ではありません。平成7年6月の定例議会で、発言者は自民党県議の翁長雄志氏。現在、沖縄県知事の翁長氏が、当時の大田昌秀知事に対して行った代表質問での一幕です。

翁長氏は大田氏が基地問題を訴えるためとした2度の訪米はたいした成果がなかったとして、日本政府との協議を重視すべきだったのではないかと追及していました。

さらに県議会の議事録をめくっていると、大田氏に続いて県政を担った稲嶺恵一県政時代にも、当時の翁長県議は立派な発言をしていました。

平成11年10月の県議会の定例会で、普天間飛行場の移設問題を取り上げ、「私たちがなにゆえにこの県内移設を早期にやらきゃならぬかという見地に立ったのは、県全体の立場に立っての危険性の軽減であります」と強調していたのです。

その翁長氏ですが、政府との協議を重ねる前の今年6月、約10日間の日程でハワイやワシントンを訪問し、辺野古移設反対を訴えました。

翁長氏自身や共産党県議が強調するように、「辺野古に基地を作らせない」と米側に直接訴えたことには一定の意義があるのかもしれません。しかし、米側はおおむね「(名護市辺野古への移設の)計画を白紙に戻すことはない」という反応で、一般に言う成果とはほど遠い結果に終わりました。

8月から9月上旬までの1カ月間に県と政府は集中協議を行うことにしていますが、菅義偉官房長官が訪沖した8月11、12日の初会合に続き、19日の4閣僚との会談も「距離感は詰まらない」(菅氏)ままでした。

協議は計5回程度行うことになっていますが、翁長氏はすでに、9月14日から10月2日の日程でスイス・ジュネーブで開催される国連人権委員会で演説する計画を立てているようです。

海外で訴えるよりも、かつて自身が県議会で指摘したように日本政府にエネルギをぶつけ、大きな進展をはかるべき時ではないかと思われるのですが、自身が知事になると意識が変わってしまうものなのでしょうか。

歴代の知事に対する自身の発言や批判と矛盾しているのではないかと受け止める向きがあったとしても、知事に選ばれた以上は選挙支援してくれた勢力の意向を最大限、尊重すべきなのでしょうか。

そういえば、民主党政権で、辺野古移設について「最低でも県外」とぶち上げていたにもかかわらず、首相に就任すると二転三転し、1年もたたないうちに「学べば学ぶほど…」と辺野古移設を容認した政治家もいました。

首相を辞め、議員バッジをはずして政界を引退した彼は最近また、「辺野古に決めてしまったことを沖縄県民にお詫びする。辺野古では無理」と変心(さらに韓国で土下座も)しています。

いい意味でも悪い意味でも「立場が人を変える」とは、よくいったものだと思わずにはいられません。
(政治部次長)
産経ニュース【政治デスクノート】2015.8.27
               (採録:松本市 久保田康文)

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