2015年09月02日

◆アメリカの世界戦略はどう変わるか

加瀬 英明



6月にワシントンに4泊して、帰国した。

ワシントンは8ヶ月ぶりだったが、アメリカの中国に対する態度が一変していた。

滞在中に、中国から楊潔篪国務委員(前外相)と汪洋副首相によって率いられて、約400人が繰り込んで、国務省において第7回の米中戦略経済対話が開催された。

2日にわたった協議のあいだ、『ワシントン・ポスト』紙をはじめ、現地のどの新聞も米中対話について1行すら報じることがなかった。テレビもまったく取り上げなかった。私は国務省のブログで検索するほかなかった。

東京に戻ったら、日本の各紙が連日、米中対話について紙面を大きく割いて報じていた。

中国側が米中両国が「2つの特別な大国関係を構築」して、太平洋を両国で管理しようと求めた。いわゆるG2だが、アメリカ側が無視した。アメリカ側が中国による南シナ海における人工島の強引な建設、ハッキングによるサイバー攻撃に対して強く抗議したが、中国という龍の面に水を掛けただけだった。

 中国の存在感とは何か

太平洋を挟んで向き合う2大国の対話だというのに、まったく内容がなかった。

中国側は9月に習近平主席の訪米を予定していることから、アメリカをできるだけ刺激しないよう計算を働かせていた。といっても、訪米団の背広の下から、“中華大帝国”を「復興」して、太平洋を分割して覇権を握ろうという、無気味な鎧が、チラついていた。

これまでアメリカは、中国の旺盛な経済発展によって眩惑されてきたが、中国の鍍金(めっき)が剥げてしまった。

オバマ政権の眼がアジアへようやく向いたのには、中国が周辺のアジア諸国を露骨に脅かしてきたうえに、中国から南シナ海の海中に1000キロも離れた岩礁に巨大な人工島を建設して、傍若無人に振る舞っているのに加えて、安倍政権の日本が“積極的平和主義”を掲げて、アジア諸国の結束を促すことによって、アメリカを励ました成果が大きい。

いまや、アメリカは中国の脅威をはっきりと意識して、日本との同盟関係を重視するようになった。

オバマ政権は安倍首相の対応力に注目を始めた

オバマ政権による安倍首相の日本に対する態度も、一変した。安倍首相の功績である。

そのかたわら、昨年まで台湾はまったくお呼びでなかったのに、台湾の安全に久し振りに目を向けるようになっている。

来年1月に行われる台湾の総統選挙へ向けて、『タイム誌』が蔡英文民進党候補を取り上げた、きわめて好意的な特集記事をのせた。現時点では、中国に擦り寄る国民党政権に対して、蔡女史の当選がおおむね確実視されている。

国家安全会議(NSC)の幹部と昼食をとったが、今後、アメリカは軍事力を背景にして、南シナ海の人工島について、中国と対決する方針を固めたといった。

それにしても、中国の一党独裁政権は「5000年の偉大な中華文明の復興」をさかんに煽ってきたが、どうして13億人の人民の幸福を、国家目標として掲げないのだろうか?

習近平政権はスローガンとして、「中国(チュング)の夢(オモン)」を掲げているが、中国共産党による「特権支配」を未来永劫にわたって、続けたいという妖夢である。

中華帝国は秦の始皇帝時代から、一貫して膨張してきた。清朝の6代目皇帝の乾隆帝(在位1735年〜96年)のもとで、中華帝国の版図が新疆から、チベット、ネパールまで、もっとも大きく拡がった。中華帝国は、イクォール中華文明である。

習近平首席の「5000年の偉大な中華文明の復興」の夢は、レーニン、スターリン、ブレジネフが世界の共産化を目標とし、ヒトラーが「第三帝国」、ムソリーニが「ローマ帝国の復活」を夢見たのと、変わらない。

東京に戻ると、国会で民主、共産、社民党などが、日本が置かれた現実にまったくそぐわない、5、60年前の空想的な議憲論を、振り回していた。

 岡田代表の時代認識の甘さ

民主党の岡田代表が「集団的自衛権は必要ない」「北朝鮮がアメリカへ向てミサイルを発射した場合に、迎撃すべきでない」と述べたが、それだったら、どうして「日本安保条約を破棄するべきだ」と、はっきりいわないのか。

国会議員会館の前を通ったら、歩道に並んだ反対派の男女のなかに、「日本は戦争をしないと誓った国」という幟(のぼり)を立てた、労組員がいた。私はこれらの男女は、幕末からの日本の古難の歴史を、まったく学んでいないのだと思った。

もし163年前に、ペリーが黒船を率いて江戸湾にやってきた時に、浦賀の海岸に同じ幟を持って迎えたとしたら、日本はアメリカによってすぐさま支配されて、後にアメリカがフィリピンを奪った時のように、抵抗した数十万人か、数百万人の国民が虐殺されていたことだろう。
 
もし、120年前の日清戦争、110年前の日露戦争に当たって、日本は「戦争をしない国」というような寝言をいっていたとしたら、日本が中国のチベット、ウィグルになったか、ロシアの支配を受けていたはずだった。

 議会政治とは何か

7月16日に衆議院本会議で、安保関連法案が次世代の党を除く野党議員が欠席する中で、通過した。

野党とマスコミが「強行採決」と叫んだ。不思議な言葉である。

ヨーロッパや、アメリカをはじめとする議会民主主義諸国では、「強行採決」という奇妙な言葉が存在していない。日本の議会政治が、未熟なことを示している。

国会の集団的自衛権の行使をめぐる論議には、暗澹とさせられる。日本国か、日本国民のリスクを論じるべきところを、民主党の「自衛隊員のリスクが増えないのか」という質問には、耳を疑った。

民主、維新、共産などの野党の諸先生がたは国防に無関心で、日本が置かれた国際環境が激変していることに、構わない。

野党は安保法制に水を掛けることに狂奔しているが、日本が国防力を強化することを阻みたいのは、中国、ロシア、北朝鮮、韓国の4ヶ国だけである。いつ野党は、中国や、韓国の代弁者となったのだろうか。

日本は大和朝廷による建国以来、つねに武を重んじる国であった。徳川時代に260余年にわたって泰平の世が続いたが、武の心を忘れなかったから、ペルリ来寇以後の国難を乗り切ることができた。

日本では中国が武人を文官の下に置いて、蔑んできたのと違って、武を文よりも、忠を孝よりも、尊いものとしてきた。

ところが、今日の日本では軍にまつわる一切が、疎まれている。日本の歴史において武が、これほど軽視されたことはない。

これでは、小型の中国となってしまおう。日本が小さな中国となったら、巨大な中国によって、呑み込まれてしまう。

 安保法案は自衛のための抑止力

国会の安保法制論議は、幕末に長州征伐と馬関戦争に惨敗した後の長州藩を、連想させる。藩論が幕府に恭順しようとする俗論派に固まったのに対して、高杉晋作ら正義派が奇兵隊を率いて、立ち上った。俗論派、正義派は、高杉の命名によるものだ。

今日の日本にあてはめると、民主党や、マスコミが腰が抜けた俗論派であって、自公、次世代の党が正義派となるのだろう。

それにしても、安保関連法案に反対する学者や、大新聞、付和雷同する市井の人々が「憲法に違反する」とか、「戦争を招く」「徴兵制につながる」と騒いでいる光景は、いまから55年前の安保騒動の昭和レトロ劇場をそのまま再演しているようにみえる。

憲法学者が集団的自衛権の行使が憲法に違反するというが、自衛隊が合憲なのに、安保関連法案が違憲だと主張するのは、矛盾していると思わないのか


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