2015年09月04日

◆未来に禍根残す「お詫び」はオシマイ 

安藤 慶太


 ■総力特集 安倍談話と歴史復興への道

「死んだ人々や子孫がどのように考えるかを考慮に入れる民主主義が、縦の民主主義である」。英国の小説家、G・K・チェスタトンはこう述べた。

今を生きる私たちの意思や判断は最大限尊重される。それが民主主義だ。だが、その私たちが今あるのは過去の先人の歩みがあってこそ。受け継いだものを大切にし、未来へとつないでいく責任を私たちは負っている。このことを忘れてはならないのだ。

「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

安倍晋三首相が8月14日に出した戦後70年談話が、これまでの「戦後談話」と決定的に異なるのはここだろう。

渡部昇一・上智大学名誉教授は「これまで歴代の総理大臣が全く言及することがなかった」というように、平然と過去を指弾断罪し、周辺国に好餌を与え、そして未来には禍根を残す−こんな過ちがこれまでどれだけ繰り返されただろうか。
 
「侵略」も「植民地支配」も「お詫(わ)び」も「反省」も言葉としてはあった。しかし、それらの言葉はこれまでとは異なる文脈で使われているといってよい。

首相が談話に込めた思いは、阿比留瑠比・産経新聞政治部編集委員が解説。古田博司・筑波大学教授は中国語と韓国語に訳された「安倍談話」を再び日本語に戻して比較対照。中韓が談話発表後に急速にしぼんでいった事情を指摘しつつ、「だから、『お詫び』はもうお仕舞いなのである」。産経ニュース【異論暴論】2015.9.1


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