2015年09月08日

◆秋田料理「きりたんぽ」怖い

渡部 亮次郎



新米の獲れる頃、コメどころ秋田県でも大館(おおだて)など県北では盛んに「きりたんぽ」が造られる。秋田市の料亭でも何万本と造られ、全国に発送される。

昭和33(1958)年、記者生活を初めて大館で始めた私は年末の忘年会に連日招待された。市長、警察署長、商工会議所と連日の招待だが、狭い町のこと、料亭は1箇所。新米シーズン、しかも「本場」だから連日.供されるものは「きりたんぽ鍋」。

あの時はまだ゛22才。悪いけれどすっかり「きりたんぽ怖い」になって、残念ながら今日に至っている。秋田へ行っても駅や空港の土産店で買ってはいけません。防腐剤が入っているから美味しくありません。知人に聞いてしかるべきルートで求めるべきです。

きりたんぽ(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

きりたんぽ(切蒲英)とは、つぶした粳米のご飯を竹輪のように杉の棒に巻き付けて焼き、棒から外して食べやすく切った食品。秋田県の郷土料理。鶏がらのだし汁に入れて煮込んだり、味噌を付けて焼いたりして食べる。秋田県内では、冬場に学校給食のメニューとなる。

たんぽは、切る前の段階でのきりたんぽのことを指している。ただし、ほとんどの人がこれを「きりたんぽ」であると考えるが、切っていないので厳密には誤りである。

「たんぽ」とは、元来、稽古用の槍につける綿を丸めて布で包んだものであり、杉(秋田杉)の棒に半殺し(半分潰すという意味)のご飯を巻き付けたところがたんぽをつけた槍(たんぽ槍)に似ていることから、その名が付いた。

きりたんぽ鍋

鶏(比内地鶏)のガラでとっただし汁をベースにこいくち醤油、酒と砂糖(または味醂)で醤油ベースのスープを作る。煮えにくい順にゴボウ、マイタケ(金茸、銀茸)、比内地鶏を並べ中火で煮立てる。きりたんぽとネギを入れ、味が染みる直前でセリを投入する。セリに火が通ったら完成。

比内地鶏が品種開発される以前は、だし汁には比内鶏のものを用いていた。比内地鶏が手に入らない場合はブロイラーのトリガラ、もも肉、鳥皮、ネクタイ(首の肉)で代用すると良い味が出る。

基本的に鶏ベースのキリっとした醤油スープ。具材については邪道とされるものがいくつかあり甘味と水分が多く出る白菜、風味が変わってしまう魚肉(竹輪などの練りもの)、匂いが変わるニンジン、風味が変わるシイタケは入れない。

基本はゴボウ、鶏肉、マイタケ、ネギ、たんぽ、セリの6種である。

起源 きりたんぽ鍋は家庭料理であることから、鍋に入れる鶏肉に本来は決まりはない。比内地鶏が使われるようになった契機は、比内地鶏の産地である大館市の企業が、煮込んでも硬くなりすぎず鍋物に最適なことに注目してセットで売り出し、成功したことである。

その後、県北部の鹿角市が発祥、大館市が本場として定着し、秋田県の郷土料理として広く親しまれるようになった。これに対し県南部、つまり由利本荘市、大仙市、横手市、湯沢市周辺では、北部ほどなじみがあるわけではない。県南部はむしろ、山形県や宮城県などで広く行われている芋煮会(いもにかい)が盛んである。

また、秋田県北部に住むマタギの料理が起源だったとの説もある。これは、マタギが山から帰った際、残した飯を潰して棒につけて焼き、獲物のヤマドリや山菜、キノコとともに煮たり味噌をつけて食べたりしていたことを理由とする説である。

しかし、当の阿仁町(現・北秋田市)のマタギ(熊狩り)は、マタギ料理源説を明確に否定している。曰く、「冬に米が食える身分なら(わざわざ危険を冒して)冬山に登らない。

マタギにとっての狩りとは米を食えない身分が生存権獲得のために行うギリギリの(山神から食を賜る)宗教行為なのであって、おにぎり片手に行うハンティングではない」。つまり、当時最高の贅沢であった米の料理法の一種であるきりたんぽはマタギの生業と矛盾している、というのがその理由である。
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