2015年09月09日

◆私の「身辺雑記」(258) 

平井 修一


■9月6日(日)、朝は室温27度、薄曇り、涼しい、ハーフ散歩。4歳男児は元気になった。もう大丈夫だろう。

パクリ疑惑のデザイナーは社名もパクリなのか。末期的だ。こんな記事があった。

<佐野氏の「MR_DESIGN」、社名にもパクリ疑惑? 大阪のMr.DESIGN社、風評被害で大迷惑

(大阪の“パクられた”会社のサイトから)

弊社は、「株式会社MR_DESIGN」社(東京都渋谷区)とは一切関係はございません。改めてお間違えがないことをご確認の上、ご連絡くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今、世間を賑わせている佐野氏と同じ社名「ミスターデザイン」なので間違えメールの投稿や、いたずら電話が多くて困ってます。

インターネットで、社名を検索しても「盗作」や「倒産」などの言葉が表示されるので、風評被害もたまったもんではありません。日頃お世話になっている方々にも、いろいろご心配をお掛けしておりますが

ボクがこの社名を付けたのは2006年、彼より2年以上も前に開業し、考え抜いて付けた名前で、深い想いもあり、愛着もあります。

なので、当然、社名も変えず、この風評被害を乗り越えていくつもりですので変わらぬご支援いただけますようお願い申し上げます>(以上)

まったく、いい迷惑だ、同情する。法務省のサイトにはこうある。

<会社の登記については,既に登記されている他の会社と同一の「商号」であり,かつ,本店所在場所も同一である場合には,登記することができないとされています(商業登記法第27条)。

そのため,会社の登記の申請をする前に,設立等をしようとする会社と同一商号で,本店の所在場所も同一の会社が既に登記されていないかどうかを調査する必要があります。このような調査を「商号調査」と呼んでいます>

本店所在場所が同一でも「株式会社平井商店」と「平井商店株式会社」は別の商号として扱われる。つまり問題なしなのだが、通常は「平井商店」で商売をするから同業の場合はトラブルになることもありそうだ。

この世はトラブルに満ち溢れており、弁護士はそれで食っている。五輪マークのパクリ騒動で国・自治体などは被害をこうむったが、損害賠償訴訟になるのだろうか。競技場案も白紙撤回されたが、それによって生じた損害は誰に賠償責任があるのだろう。

示談にするのか、なあなあで誤魔化すのか・・・なにしろ血税だから処理を曖昧にするとオンブズマンや「○○を糺す市民の会」などが提訴するから大事になる。弁護士は飯のタネだから食いついてくるのだろうが。

まあ金目の話で命にかかわる問題ではないけれど。

欧州に押し寄せる難民問題。故国での飢餓や生活苦、戦争禍、脅威、迫害、圧迫から逃れるために危険を冒して欧州を目指すのだろうが、かつてはユダヤ人もそのようにして世界中へ逃れたのだろう。日本人も外地から命からがら引き揚げてきた。

(苦難の道だったが、還るところ=祖国があるというのはなんと素晴らしいことだろう! 日露戦争で捕虜になったユダヤ人ロシア兵、トルンペルドールは日本に送られて、国家を持つことの素晴らしさを知り、2000年の亡国の末にイスラエル建国を決意したのだった! 祖国は民族の拠り所だ)

居住地の安全・安心、すなわち「安全保障」は人間にとって最も大事なことだ。残念ながら戦後70年たっても世界は危ういままだが、人間は物質的には進歩しても、精神的には少しも進歩しないのかもしれない。

「奴は敵だ、敵を殺せ!」とばかりに中共は日本を名指しでヘイトスピーチしているが、70年前も排外主義、日貨排斥でそう叫んでいた。70年前の欧州ではユダヤ人迫害がすさまじかったが、心の奥底ではユダヤ人への憎悪が今でもあるのではないか。今はそれが表に出ていないだけではないか。

米国における白人VS黒人の対立もまったく解消されていない。お互いに憎悪しているみたいだ。黒人の犯罪率は(貧しさ=低学歴=就職難ゆえに)高いから白人警官は警戒し、職質する。度重なる職質に黒人はうんざりしているから白人警官を敵視する。ときどき殺し合う。憎悪の連鎖反応。あの世でキング牧師は嘆いているだろう。

美人の白人女性が黒人男性と腕を組んでいると、米国の白人は不快になるそうだが、フランスの白人はニコリとするという。「美女が真っ黒な大型犬を連れている」と見るからだと開高健が書いていた。黒人を人間とも思っていないのだ(今は知らないが)。

40年ほど前に初めてパリへ行ったら、ガイドが「運動靴をはいた黒人には気を付けてください、たいていドロボーですから」と注意喚起していた(今は知らないが)。

日米開戦の頃、米国人は日本人を人間未満の猿だと思っており、「飛行機を操縦しているのはドイツ人だ、猿にできるわけがない」と信じていたから、真珠湾攻撃で日本人が操縦していたと知って腰を抜かすほど驚いたという(今でも似たようなものだろう)。

他の民族や人種に対するこの種の見方(偏見〜卓見?)というのは誰もが持っているだろう。これはDNAのように引き継がれるようで何十年たっても基本的になくなることはないのではないか。

偏見、憎悪、敵対心、反感を国の指導者が煽ることがあるのも昔からだ。敵をつくれば国民が団結し、支持率が高まる。

戦争は嫌なものだと思う人は多数派だろうが、近衛兵の父は「戦争中は国民の心がひとつになっていた、今はバラバラだ」とぽつりと言ったことがある。

題名は忘れたが、フランス映画にこういうのがあった。

冴えない風体の男が主人公で、出入りしていた屋敷の主人(将校)が出征する際に「男手がないと困ることもあろうから、私の留守中はなにかと助けてやってくれ」と頼まれ、奥様と子供に献身的に尽くした。

男は“疑似家庭”で生き甲斐と喜びを得たのだが、戦争が終わってご主人が帰って来て束の間の夢は終わった、というもの。男にとって戦争は幸福のもとだったわけだ。「無法松の一生」に似た感じがする。

負け戦であっても戦争中の方が良かった、生きている実感があった、一所懸命に頑張ったという人もおり、これが勝ち戦ならほとんどの将兵が「あの戦争はきつかったが実にいい体験、いい思い出になった、わが国は俺たちが守ったのだ」と誇りをもって懐かしむだろう。

負け戦は大体ロクでもないが、勝てば気分は最高だろう。戦争はないにこしたことはないが、スポーツ的要素もあるから男の本能を大いに刺激するのではないか(「遊びと人間」「ホモルーデンス」)。ベトナム戦争で捕虜になったジョン・マケインは「戦争には栄光から挫折、幸福から悲惨まで、濃縮された人生がある」と語っていた。

維新の元勲には文武両道に優れた人が多いが、先の大戦で「修羅場をくぐった人は人間の出来が違う」と渡部亮次郎氏は園田直氏を評していた。70年間も熱戦がないこともあってか、今の政治家はキリっとしたところがあまり見られない。平和ボケというのか、安保、国防、軍事への関心が総じて低いのではないか。熱戦がないことの弊害も議論されてしかるべきだろう。

元法務大臣の長勢甚遠氏の論考「怒りの声」(日本戦略研究フォーラム9/4)は中共の危険性とNHKの反日性をよく示していた。http://www.jfss.gr.jp/news/20150904/20150904.htm

■9月7日(月)、朝は室温27度、雨模様の曇り、ちょっと蒸す、ハーフ散歩。

夕べ、4歳男児は久し振りに自宅へ帰った。子供のケアは不慣れだから精神的にとても疲れる。小生らは親や先生からゲンコツやビンタをもらいながら教育、躾を学んだ(叩き込まれた)が、今のミンシュシュギ社会では体罰だと非難される。その結果、猿のようなガキが増えて、殺したり殺されたり。どこかが歪んでいる。

猿はまだマシか。中共という狂気の怪獣は断末魔のようにのた打ち回っている。「軍事評論家=佐藤守のブログ日記」9/5から。

<“上海閥の式典!”

3日のシナの軍事パレードについて、兵器の種類などの解説は例年通りだったが、そんなことより、熾烈な政権争いに関する分析は少なかった。

勿論それぞれの部署で分析中で、いずれ公表されるのだろうが、老兵の興味は雛壇上に立つ、上海派、共青団派、太子党派の“元気度”を比較すると、なんとなく上海派(江沢民派)の方が元気に見えたことだ。

ウォッチャーによると、現地のCCTVは自信満々にふるまう曽慶紅を取り上げていたという。勿論彼は江沢民の側近だった。

習主席の発言にはトウ小平や江沢民、胡錦濤が目指したスローガンも適度にちりばめられていて、江沢民の力はさほど衰えていないと見たというが、例年、建国記念日ごとに行われていた式典を「抗日」に絞って強行したのは特異である。なんとなく習政権の安定度を誇示したかったようだが、逆に不安定さをさらけ出してしまったのではないか?

以前から、習主席は歴代元首席らに出席を要請していたらしいが、老人や病人が多く、全員がそろうことはあるまいとみられていた。

今回も李鵬や朱鎔基らの病人は雛壇後方で医師の介護付だったとか。

しかし見方を変えると、未だに「悪の根」を断つことが出来ない習主席が、自分の強大さと人民の求心力を求めるため、その影響力を誇示しようとしたのだろうが、その恰好の“餌”に、わが「大日本帝国」が選ばれたのだとしたら片腹痛い。

確かに現在の日本の政治家らは、バラエティショウ出演者程度の人物たちばかりで頼りないが、声なき国民は、歴史を改ざんしてまで自己保身を図ろうとしているシナの指導者の実態を見抜いている。

モデルに銃を持たせて歩かせたり、戦車行進を強調するため集音マイクを路上に設置したり、はたまたお化粧した各種ミサイルのダミーを見せびらかしても、壇上に立つ指導者らの表情はさえなかった。

むしろ江沢民が異常に?元気だったが、これもポーズだろう。

CCTVの画面では胡錦濤氏の左腕が小刻みに震えていて、自殺未遂の治療中か?というのだが、わが地上波TVでは確認できなかった。

現地ではCCTVが誰をどのくらい長く放映したかで、その影響力を見るのだそうだが、私にはせいぜい「人相と覇気」くらいしか判断資料はない。

それにしても雛壇上の要人らの健康状態は何となく推察できた。

江沢民の元気度から推定すると、彼が任期中に組織した政界財界、軍界における人脈はまだまだ息絶える気配がないということか。金の力は甚大である!

とすれば彼は「習主席は裸の王様、馬鹿と鋏は使いよう」だとばかりに、上海閥の健在ぶりを国内外に誇示したかったのだろう。虎退治はまだまだ長引きそうだ>(以上)

胡錦濤自殺未遂の噂は1週間前あたりからネットで報じられていたが・・・

権力闘争の実態は何十年もたってから少しずつ明るみに出るのだろうが、蒋介石も張学良も「西安事件」(1936/12/12)の件は見事にあの世に持って行ってしまったから、現在の解釈は「状況証拠からするとこういうことだったようだ」というものにとどまっている。

真珠湾の件の米国公文書は100年間は公表しないそうだし、JFK暗殺も真実は不明だ。公表すると国益上不都合なことがいっぱいあるのだろう。

ドイツは敗戦時に政権が同時に崩壊したから、海軍の通信記録6万点を含めて485トンの公文書がそっくり残って米国に運ばれたそうだ。ナチスの悪事は公文書の裏付けがあるから、連合国はドイツに「時効なしにナチス犯罪を責め続けろ」と命令したのだろう。

日本は占領されて人身御供を強要されたが、講和条約で1952/4/28に主権回復したから、戦犯とされた人々をすべて恩赦し、名誉回復できた。ドイツに比べればマシなのか。

ドイツは現在の難民問題で「難民を受け入れざるを得ない。それなら笑顔で迎えよう」と(無理)しているのは、ユダヤ人迫害の贖罪を未だに国際社会から(陰に陽に)強いられているからではないか。気の毒というか、酷というか・・・性格が悪くなるのも仕方がないか(これは言い過ぎか、ゴメンゴメン)。

■9月8日(火)、朝は室温26度、びしょびしょの雨、散歩不可。

支那通の姫田小夏氏の論考「中国人宅の軍事パレード鑑賞会がいつの間にか・・・抗日に飽きた? 愛国に火がつかない上海の人々」(JBプレス9/8)を読んでいたら、「あれ? 姫田氏はもしかしたら女性?!」と疑問に思い、調べてみたのだが・・・

<姫田 小夏(ひめだ こなつ):ジャーナリスト

東京都出身。不動産会社、衆議院議員秘書、出版社勤務を経て97年から上海に居住。99年に上海、02年に北京で日本語フリーマガジンを創刊、08年まで編集長としてグルメ誌、ビジネス誌含む5誌の発行に携わる。肌感覚の中国情報を幅広く執筆・発信中。

定期連載に「ダイヤモンド・オンライン」「JBpress」がある。また、「中国ビジネスの光と影」をテーマに時事通信社内外情勢調査会の講師として講演活動中>

これだけでは性別が判明しない。氏はいつも歯切れのいい文章なので男だと思っていたが、あるサイトに写真が載っていて、女性だと判明した。名前に「小夏」とあるから女だろうと言われそうだが、トウ小平のように氏の本名は「姫小夏」なのかなあなどと思っていたのだ。

上記の論考から。

<中国政府は、中国全土を再び「抗日一色」に染めようとしていた。2012年9月の反日デモを体験した日本人は、当時のつらい記憶を思い出さずに
はいられない。

中国人たちに囲まれて言いがかりをつけられる日本人もいれば、熱いラーメンをぶっかけられた日本人もいた。日本語を話すことさえ憚られ、中国にいる日本人たちは隠れるようにして嵐が過ぎ去るのを待ったものだ。

現地の日本人はあの悪夢が再び現実のものになることを怖れた。9月3日の「戦勝記念日」を前に、多くの日本人が上海から退避した。日本料理店の従業員は「日本のお客さんはみんな帰国してしまった」と話す。上海在住20年のベテラン駐在員も、「この日は何が起きるか分からない。家からは出ない」と“戒厳令”を決め込んだ。

*反日特番に反応しないマッサージ店員

筆者は戦勝記念日直前の街を歩き回った。すると、街にはある変化が起こっていた。

9月2日、上海の徐匯区の足ツボマッサージ店に行ってみた。建物は老朽化し、お世辞にも衛生的とは言えないが、なぜか壁に掛けられた液晶テレビだけは大きく立派だ。その画面に映し出されていたのは、CCTV(中国中央テレビ)の「日本の戦犯の懺悔備忘録」という番組だった。

その番組は「2013年に企画され、制作に100日をかけた」力作だと宣伝されていた。

その時、客を含めて20人近くの中国人がこのフロアにいた。しかし、不思議なことに誰一人としてこの“力作”を話題にする者はいない。安徽省や四川省出身の従業員たちは、マッサージの手を動かしながらあくびを連発し、晩飯の話や他人の噂話を繰り返していた。

番組が終盤に差しかかったとき、1人の従業員がおもむろに「日本は中国の女性や子どもを殺したんだ。中国人は日本人に痛めつけられた!」と声を上げた。筆者は内心「来た、来た!」と身構えた。しかし、呼応する者は誰もいなかった。

日本人の客である筆者に遠慮したせいだろうか。いや、違う。そのあと、従業員は筆者に向かってこう言った。「あんたの国もやられたでしょう」。彼女たちは筆者を韓国人と思い込んでいたのだ。

*国歌の歌詞があやふや

9月3日、筆者のスマートフォンには、朝から軍事パレードのニュースが続々と送られてきた。

多くの国民が生中継の軍事パレードを見るために午前10時から家にこもった。上海では道路から車両が消え、店舗は臨時休業となった。筆者の乗ったタクシーの運転手も「あんたが最後の客だよ」と言ってそそくさと家路についた。

筆者は、法曹や教育、実業などの分野で活躍する中国の友人たち(いずれも女性)と一緒に、テレビで軍事パレードを鑑賞することになった。

人を殺傷する武器を見せつけながら平和を唱える習近平国家主席。パレードの武器と隊列は間違いなく日米を牽制するものでありながら、「日本、日本人に向けたものではない」とする中国政府。筆者は違和感を覚えながら、テレビ画面に見入った。

軍事パレードのプログラムが国歌斉唱に移った。正式名は「義勇軍進行曲」、日中戦争中に歌われた抗日歌曲である。

「さあ、立って」と家の主人に促され、テレビの前で皆が起立した。筆者は、軍事パレード鑑賞会はテレビ画面の前に正座するぐらいの謹厳な雰囲気になるのではないかと想像していた。やはりその通りになりそうな気配だった。

ところが、皆の歌が怪しい。誰も完璧に歌えないのだ。「正確に覚えてない」「私も・・・」。テレビに映った多くの国民の口元にも「自信のなさ」が垣間見えた。軍事パレード鑑賞会は照れ隠しの笑いに包まれた。

だが、軍事パレードを鑑賞する友人たちの話題の中心は、いつの間にか「最近の流行」に移っていた。巷で流行っている「豆芽花(もやしの花)」というヘアピンを頭に刺し、いつの間にか撮影大会になってしまった。

*「抗日」にはもう飽きている?

軍事パレードの大きな目的の1つは、中国の民族主義を高揚するためである。国民の帰属意識を高め、愛国教育の絶好の機会に利用するためのものであることは間違いない。

だが、上海市民は一定の距離を置いていた。2012年の反日デモは政府が焚きつけて、市内や国中に燃え広がったが、今回の軍事パレードでは当時のような国民の一体感は見られなかった。

反日デモは経済損失につながる。軍事パレードは予算を食いつぶすだけで経済効果はもたらさない。「抗日」「反日」を唱えても自分たちの生活は向上しない――。上海市民はそれを見抜いているかのように冷静だった。

今回、上海市民の「成熟」も強く感じた。筆者はタクシーや飲食店などで「私は日本人だ」とあえてアピールしてみた。しかし、そこで拒否反応を示されたり、攻撃的な態度をとられることはなかった。

タクシーの運転手は「我々は同じ民衆だ。戦争中の苦労も同じだ」と、日本人である私にかえって同情の目を向けてくれた。飲食店で隣に居合わせた上海人の夫婦は、「歴史を忘れないでくれたらそれでいい。私たちもいつか日本に行ってみたい」と日本への関心を語ってくれた。

*笛吹けど踊らない中国人

中国人がそうした「大人」の対応を見せるようになった要因の1つは、何と言っても訪日旅行客の増加だろう。

上海では、日本人が想像する以上に訪日旅行が大ブームとなっている。市民の間で「抗日」や「反日」がほとんど話題に上ることがないのは、多くの人が実際に日本を訪れてみて、従来の政府やメディアの喧伝とかけ離れていることに気づいたせいかもしれない。

道端で不動産販売の客引きを行う若い女性従業員がいた。筆者が日本人だと知ると「私は日本に旅行したくて、ここで働いてお金を貯めているの。あなたと『wechat』(『LINE』に相当するメッセージアプリ)をしたい」と営業そっちのけで誘ってきた。中国メディアが煽る抗日は、若い世代にほとんど作用していない。

確かに「抗日戦勝記念日」を迎えて、上海市民は「過去の歴史は忘れまい」と胸に刻むことだろう。だがその一方で、「永遠に日本に敵愾心を抱き続けることは不可能」だということも理解している。

上海において、今回の軍事パレードは、残念ながら愛国教育の絶好の機会とはならなかったようだ。メディアが連発する「抗日」という言葉も新鮮味を失いつつある。

笛吹けど踊らず――。中国は今、そんな局面に差しかかっている>(以上)

「義勇軍進行曲」は――

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らが血肉で築こう新たな長城を!

中華民族に最大の危機せまる、
一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。

起て!起て!起て!

我々すべてが心を一つにして、
敵の砲火をついて進め!
敵の砲火をついて進め!

進め!進め!進め!(以上)

「♪昨日の敵は今日の友、手を携えて戦おう、諸悪の根源、中共殲滅へ、イザ!イザ!イザ!」と結べば素敵な新しい国歌になる。

さあ、同志諸君、支那人民を温かく迎えよう! おもてなし、ホスピタリティで日本ファンを創ろう! 戦争するよりよほどいい。

直接コストと経済的損失で習の火遊びは1兆円近い散財だったろう。「バカが戦車でやってくる」、末期的だ。(2015/9/8)
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