2015年09月12日

◆外交に役立つか日本酒

渡部 亮次郎


NHK記者から外務省報道官を勤めた高島肇久(あつひさ)さんが,外務省OB会の機関誌「霞関会会報」平成18年4月号に寄せた「日本酒の味」によると、先ごろ、ホノルルのホテルで地元の人たち70人を招いての日本酒の会が開かれ大好評を得たという。

この会は日本にある「日本の酒と食の文化を守る会」の会員のうち20人が蔵元8社の協力を得て開いたもので、日本から吟醸酒や純米酒を持ち込み、地元産の鮪、鯛の刺身と見事に調和して瞬く間にたいらげられたそうだ。

高島さんによると、世界各地で日本食ファンが増えるにつれて日本酒の輸出量も「急速に」に伸び、「米国で日本酒ブーム」といった新聞記事を目にするようになっているとか。

そこで高島さんは「日本酒は米と米麹と水で作るもの。世界のどの酒とも違う日本の文化そのものだから、日本外交の現場でもっと活用されて欲しい」とむすんでいる。大使館や総領事館でもっと日本酒でもてなせということだろう。

ずいぶん前、産経新聞読書欄を読んでいたら「うまい日本酒はどこにある?」と言う本(草思社)の著者インタビューに日本酒の現状が載っていた。そこでは国税庁に依ると清酒(日本酒)の消費量は1973年をピークに減り続け、2002年にはとうとう90万キロリットルの大台を割り、全盛期の半分近くまで激減。

酒造免許を持つメーカーは2002年3月で2,360蔵あったが、実際に造っているのは1,500から1,700蔵という(その後もっと減っているに違いない)。

小売の酒屋さんに至っては規制緩和の影響もあって悲惨。1998年以降5年間で転廃業又は倒産24,039軒、失跡者2、547人、自殺者58人(全国小売酒販組合中央会調べ)。

一体、日本人の味覚はコメ、味噌、醤油からできていた。バターやチーズは皆無だった。ケチャップも無かったし、戦争中はカレー粉すら途切れた。

昭和30年(1955年)ごろから、食事の洋風化が始まった。経済白書が「戦後」が終わったと宣言した。コマーシャルが「蛋白質が足りないよ」と日本食を貶した。

肉、バター、チーズの食卓への進出が始まった。ケチャップが調味料として登場した。ステーキに合う酒は日本酒ではなくワイン。シチューにも日本酒は合わない。

先にあげた国税庁の調べで日本酒の消費量の減少が1973年から始まったとなっているが、思い起こせばこのころは田中角栄内閣。政治担当記者で日本酒を好む者は少数派になっていた。

ついでに書けば、いわゆる60年安保騒動のあと成立した池田勇人内閣の時は、池田邸の総理番記者待機小屋に時折、差し入れられるのは酸っぱくなりかけた日本酒だった。

思えば1960年代には記者たちも日本酒を呑んでいたのである。しかし東京オリンピックの頃から日本人の舌は次第に西洋化し、日本酒から遠ざかったのである。

70年代に入ってから仕事でよく海外に旅をするようになったが、そのころからアメリカ人が寿司を食べるようになった。日本人が世界一長命になったが、その理由は生魚を醤油で食べることにある、反対にアメリカ人に肥満と心臓病が多いのはバターやチーズの食べすぎにある、と大統領が発言したりしたためだ。

あの入れ歯を壊すほど固いテキサスのステーキも醤油を掛ければ何とか食べられるのに、と感じていたら、程なく日本のメーカーがアメリカで醤油や日本酒の現地生産を開始し、今や大変な勢いで醤油が普及し、パリなどヨーロッパでも優れた調味料として普及しているらしい。

アメリカ人の味覚には疑問があるが、パリで醤油が評価されているとなるとこれは本物だという気がする。このことは秋田県角館(かくのだて)で老舗の醸造業を営む安藤恭子(としこ)さんに聞いた話である。安藤さんに依ると日本でも最近、醤油や味噌を買って行く若い人が増えているそうだ。

一方、河北新報(仙台市)に依ると<近年の学校給食は成長に不可欠な栄養素の多い和食が見直され、煮物や魚料理の登場回数がふえている。しかし「家庭の食事は洋食中心」(仙台市教育委員会)のためか、和食ほど残食(食べ残し)が増え勝ちだ>そうだ。(2004年11月2日付)

味噌、醤油を買って行く若者はいわゆる共働きの家庭育ちではない、と言う指摘がある。成るほど東京で夕方、弁当屋を覘くと、仕事帰りの主婦らしい人が、洋風弁当を3つも4つも買って帰る風景を見る。

あれで一家の夕食を済ますのであれば、お父さんはビールかウイスキーか焼酎しか呑まない。ゆっくり日本酒で晩酌と参るには程遠いだろう。

「太平山」の5代目はアメリカ留学も体験したコンピュータの専門家でもある。その体験からして、日本では女性の社会的進出が今後増えることはあっても減ることはあり得ない、とすれば大人の舌が日本酒を欲しがることは益々少なくなるだろうと、結論付けたのかもしれない。「これからは中国に進出する」と言っていた。

そういえばフランスではワインの消費量が減っていて、その分を日本など海外への輸出で補っているのだそうだ。人類の味覚もまたボーダーレス化しているのだとなると日本酒の将来は日本には無い。むしろ醤油の普及に追随してアメリカ、フランスなどのヨーロッパ或いは中国などにあるということかもしれない。(了)

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