2015年09月17日

◆童謠 兎と龜の歌詞。

〜擴張ヘボン式の轉寫付〜
上西 俊雄



孫が劍玉をやってみせるといふ。兎と龜の歌にあはせてやるのだけれど、ちょっと歌詞に記憶と違ふところがあった。

「世界のなかで」とうたったのだ。ぢいぢの記憶では「世界のうちで」であった。大辭典で「中」といふ字を調べると訓には「なか」と「うち」と2つある。常用漢字音訓表によれば中はナカと讀むしかない。「あたる」といふ訓もあるが、ここにはあてはまらない。さういふことで變化してくるのだらうか。歌詞でもなんでもすべからく變化していくのが當然なのか。

かつて國語には復元力があった。國語は一生勉強するもので、年長者はすべからく師であった。いまのやうに絶えず初期化されるとなるとさうはいかない。年長者に對する敬意が失はれてくるのは仕方がない。介護施設における虐待の背景にはさういふ事情もあると思ふ。

ネットで調べると戰前の表記による歌詞がなかなかみつからない。やっと見つかったのは『池田小百合なっとく童謠・唱歌』といふサイト。明治34年8月28日の初出では「世界のうちに」となってゐたとある。

小山にはコヤマと振假名があった。記憶と異る。卒壽の叔母に電話で確かめると叔母の記憶もヲヤマであった。池田氏と異るがヲヤマとした。

叔母のところに戰後のある夏、小學校3年の從姉妹が西瓜を屆けて「冷やして召し上がれ」といったといふのが語り草になってゐる。昨年先輩の墓參のとき、鎌倉の細い道で歩道を踏みはずすところ、後ろから先輩の忘れ形見(といっても結構な年配である)が、「おみ足が」と注意してくれた。

言葉は周りから習ひ覺えていくといふことの例證になることだと思ふ。

小の字にヲといふ訓が認められなかったときがあるかと文化廳のサイトの當用漢字音訓表で檢索してみた。これがなかなか難しい。『大字典』の部首索引で小の部首の位置を調べ、該當する頁が宀部〜巛部であることをつきとめねばならない。そして、その頁をみていくと小の字には「ショウ、ちいさい・こ・お」とあって、ヲではないけれどオと讀むことが禁止されてゐるわけではなかった。

しかし、一字一音といふ原則が背景にあるせいか、讀を限定する傾向が強い。ラヂオなど、水沒した家の數、棟はムネであって、桁が大きい數字の場合でもトウと讀む人がない。

「世界の中で」のナカかウチか、「小山」はコヤマかヲヤマか。ウチ、ヲヤマの方がやはらかに響くやうに思ふけれど、どうだらう。

以下、同サイトの掲げる歌詞を擴張ヘボン式の轉寫をつけて示す。2箇所讀が異るのは上述の通り。平假名「く」を伸ばした踊字は便宜☆で代用する。


兎と龜

usagito kame

作詞 石原和三郎

sakushi ishihara wasaburau

作曲 納所辨次郎

sakkyoku na`usho benzhirau

(1)

もしもし かめよ かめさんよ

moshimoshi kameyo kamesan'yo

せかいの うちで おまへほど

sekaino uchide oma`ehodo

あゆみの のろい ものはない

ayumino noroi mono`a nai

どうして そんなに のろいのか

doushite sonnani noroinoka

(2)

なんと おっしゃる うさぎさん

nanto ossharu usagisan

そんなら おまへと かけくらべ

sonnara oma`eto kakekurabe

むかうの 小山の ふもとまで

mukauno woyamano fumotomade

どちらが さきに かけつくか

dochiraga sakini kaketsukuka

(3)

どんなに かめが いそいでも

donnani kamega isoidemo

どうせ ばんまで かゝるだろ

douse bammade kakarudaro

ここらで ちょっと 一ねむり

kokorade chotto hitonemuri

グー☆☆☆ グー☆☆

guh guh guh guh guh guh guh

(4)

これはねすぎた しくじった

kore`a nesugita shikuzhitta

ピョン☆☆☆ ピョン☆☆

pyon pyon pyon pyon pyon pyon pyon

あんまり おそい うさぎさん

ammari osoi usagisan

さっきの じまんは どうしたの

sakkino zhiman`a doushitano


[附記]

これだけのことを書くだけでも結構くたびれた。翌日(9月14日)の日經夕刊の2面「ニッキイの大疑問」の見出しは「大學の文系學部、無くなる?」といふもの。3772號「讀者の聲」欄に投稿したのは此の問題で、3771號で讀んだ電氣通信大學名譽教授西尾氏の「言語を磨く文學部を重視せよ」は國語問題からすると遲すぎると言ひたい。

「ニッキイの大疑問」にゼロ免といふ言葉が出てくるやうに、教員養成の方法に關はる問題なのだ。どうも當局は大學での文系と理系と養成を言ってゐるつもりであるやうだけれど、理系も文系も基礎は義務教育で決まるはずだ。

月刊國語教育平成18年2月號に書いたところを曳く。

<小學校の先生は原則として一人で全教科を擔當する。日本體育大學名譽教授川本信幹氏によれば、教育職員免許法の改定によって、一科目の教科教育法さへ履修すればよいことになったとのこと。つまり國語を教へてゐても國語科教育法を學んだ人とは限らないわけだ。

川本氏によれば中學や高校の國語科教諭への教育も不徹底で、國語學概論も國語史も古典文法も現代語の文法も必修ではないとのこと。氏は教員養成審議會の委員諸氏の不見識をなじられるが、根はもっと深いのかもしれない。國語學概論や國語史をやれば、どうしてもこの五十音圖の矛盾に氣づかざるを得ない。

假名のための50音圖ならヤ行やワ行のイエが餘計である。では音韻を示すものと教へるのであらうか。さうすればワ行のヲの説明がつかなくなる。五十音順などといふとき、同じ假名は一囘でなければ筋が通らない。辭書を引くときどう教へるのか。要するに逃げざるを得ないのだ。>

では外國語教師の場合はどうか。ウィキペディア「教職課程」によると、中學校高校の英語教師の場合、必修の授業科目の名稱の例として最初にあるのは言語基礎論I II 言語論特講 I IIだ。これでは英語教師がみな保科孝一の徒になること必然ではないか。

かくして、役所が言葉を差配することは當然とみなされ、その延長で各新聞社、通信社の用字用語ハンドブックには横竝びで『人は「人」で數へる。「名」は使はない』と記載されるに到った。(このこと新聞社の校閲部の人に教はる)

しかし、その結果が、「身元のわからない二人の遺體」などと聽くと、そんなことになるとは思ってゐなかったと思ふのではあるまいか。

國語を教へず、文法などは英語で教へるせいか、「エレベーターに一人の女性が閉じ込められた」と、やたら男性か女性かにこだはるのも變だ。テレビのニュース、沖縄の翁長といふ人が法的瑕疵を言ひたててゐる、それがテロップで「かし」と前後は空白で圍んで表示された。

當局は、文系輕視ではないと辯解にやっきであるが、その文系輕視でないといふことが英語への傾斜に一層拍車をかけることになりさうな氣がする。

なほ、記憶によって歌詞を訂正したことが前にもあった。軍歌「戰友」、當時まだ御存命であった眞道重明先生との共同作業。これはウィキペディアの「戰友」の項で讀むことができる。自分で書き込むことは御法度。これは第三者の採用による。
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