2015年09月18日

◆米軍に頼り「保護ボケ」患う

加瀬 英明

8月30日の日曜日に、安保法制に反対する3万3千人(警視庁発想)の人々が、国会の前に集まって気勢をあげた。

そのなかに、女子大生グループという娘が、フーゾク嬢のように臍(へそ)を露出して、「WAR IS OVER・IF YOU WANT TO」という、英語のプラカードを掲げていた。

フーゾク嬢風の女子学生がいた場所が、国会前でよかった。

もし、米軍基地の前だったら、アメリカ兵たちが太股と臍を丸出しにした日本娘の訪問を、奇声を発して喜ぶだろうが、「WAR IS OVER」という言葉を見て、在日米軍全員が基地を閉めて、さっさとアメリカへ帰ってしまうことだろう。

それとも、反対派の男女は日本国民だけにとって、戦争が無縁なものになったけれど、アメリカ兵には日本を守るために生命を危険にさらすリスクを負って、駐留を続けてほしいと、思っているのだろうか。

国会前の男女は、日本が67年前に独立を回復して以来、崇高な「平和憲法」があるから、平和を謳歌してきたのだと、誇っている。

 だが、この平和は「ヘイワ念仏」を唱えてきた賜物ではなく、アメリカによる軍事保護のおかげ以外の何ものでもない。

日本が降伏した翌年に、アメリカ占領軍が「日本国憲法」を押しつけたが、4年後に朝鮮戦争が始まった。マッカーサー元帥はその僅か2ヶ月後に、“即席憲法”によって日本を完全に非武装したのが失敗だったと、臍(ほぞ)を噛んで、日本政府に警察予備隊を創設して武装するように命じた。

日本は独立回復後も日米安保条約によって、アメリカの軍事保護下に安住するうちに、ヘイワボケではなく、保護ボケを患うようになった。だが、他人の施しにすがって、安逸な生活を貪(むさぼ)っている者が、贅沢を見せびらかしているのは、恥しい。

戦後70年、アメリカは体力が衰えて、日本を守るのに、日本の助けを求めている。

戦後の日本は武を忘れて、全員が商人の国となった。

幕末に長崎海軍伝習所で教官をつとめた、オランダ士官のカッテンディーケが回想録のなかで、ある商人に「オランダ兵が30人いれば、長崎を占領できる」というと、「それは、お侍さんの仕事です。私にはかかわりがない」と答えたのに、驚いている。きっと、今日の日本にとって、アメリカが武士なのだろう。

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