2015年09月23日

◆難民津波で溺れる欧州

平井 修一



難民殺到で欧州は大混乱だ。朝日9/18「トルコの海岸で悲劇再び、シリア人女児の遺体打ち上げられる」から。

<【AFP=時事】トルコ西部の海岸に18日、4歳のシリア人女児の遺体が打ち上げられたと、トルコのアナトリア通信が報じた。水死してトルコの浜辺に打ち上げられたシリア人男児アイラン・クルディ君(3)の写真が世界に衝撃を与えてから数週間しかたっていない>

川口マーン惠美氏の論考「ドイツとEUを動かした“あの写真”にヤラセ疑惑が急浮上! 難民受け入れ『大混乱』の現場から」(現代ビジネス9/18)。

<*生き残ったイラク人の女性が語った「真実」

話がだいぶ違った――。

先週書いた、シリアの3歳の男の子、アイランの溺死体が海岸に流れ着いた写真。9月3日に電光石火の速さで世界中を駆け抜けた悲しい写真だが、あれが「やらせ」だったという疑惑が浮上。ひょっとすると、先週、私は事実とは違う情報を伝えてしまったかもしれない。ごめんなさい。

ただ、あれがやらせ写真だったとしたら、勘違いの代償は大きい。そもそも、あの写真が世論を動かし、ドイツがハンガリーにいるシリア難民を受け入れるという決定をする後押しとなったのだ。そして、やってみたら、難民の波は限りなく押し寄せ、現在、ドイツとEUは大混乱に陥ってしまっている。

なぜ、あの写真がやらせだと言われ始めたかというと、同じボートに乗っていて助かったというイラク人の女性が、イギリスのメディアに「真実」を話したからだそうだ。この女性も、同乗していた子供二人を亡くしている。

彼女の話によると、アイランの父親は、自身が実は密入国斡旋業者で、自分でボートを操縦していたそうだ。そして、転覆事故の後、彼が家族の遺体とともに即座にシリアに戻り、そこに留まると言ったのは、家族が眠る地であるからという理由だけではなく、EUやトルコにいると逮捕される恐れがあったからだという。

まあ、そこまでは良い。あり得る話だ。父親がお金をもらう側であろうが、払う側であろうが、可哀想なアイランが何も知らずに溺れ死んでしまったことに変わりはない。やらせ疑惑は、その後だ。

でも、この話が本当だったとしたら、つまり、アイランの遺体が(元の)岩場から海岸に移され、そこで撮り直された写真が世界を駆け巡ったのだとしたら、「いったい誰がそれを演出したのか?」という疑問が残る。これによって、人道主義が高まり、EUでの難民受け入れが、一時的にではあれ、加速したことは事実なのだ。

儲かるのは誰か?戦乱の地からどんどん難民を送り込んでいる密航斡旋業者?それとも、EUを撹乱しようとしている何者か?

実際問題として、数知れない国際犯罪組織が、アラブやアフリカからEUまでの道中のあらゆるところで、ぼったくり値段で人間を密輸している。人身売買の絡んだケースも多い。マフィアの財源になっているという噂もある。いや、イギリスの国際犯罪組織が噛んでいるという情報さえある。

また、難民の通り道となっているEU周辺国では、おそらくその業者から賄賂をもらって、違法行為に目を瞑っている役人も少なくないだろう。いずれにしても、難民の大移動は、今や大々的な犯罪組織の誘導の下で展開しているのである。

ドイツのガブリエル副首相は、9月14日、今年、訪れる難民の数を再々度、上方修正した。なんと100万人だ。これは香川県の人口に匹敵する。どうやって収容するのか?

15日、難民問題の解決法を探すためEUの内務大臣が集まったが、何も決まらなかった。今のところ、ドイツ、オーストリア、スウェーデンの3国が、EU28国の難民をすべて引き受けているような感じだ。

この調子では、ユーロ危機で揺さぶられた「ヨーロッパは一つ」の夢は、さらに崩れていくかもしれない>(以上)

魑魅魍魎が跳梁跋扈? 恐ろしいことになっている。ブログ「argusakita」9/18「欧州+イスラム=???」から。

<毎日毎日、難民(ほとんど経済移民だと思うが)のニュースを見ていると、だんだん欧州全体の難民を見る目が変わってくるのが感じられる。

ハンガリーはセルビアとの国境を完全に有刺鉄線で封鎖し、それでもやってくる難民に放水、催涙ガスを浴びせ、暴徒化した難民は投石や放火で対抗。ルーマニアとの国境もフェンス設置を計画しているようだ。陸続きの国境というのは本当に恐ろしいものだ。

難民が縁もゆかりもない国にやってきて『国境を通過させろ』『水と食糧をくれ』まではいいとして、『この国は我々に冷たい』『もっと人間らしく扱え』と主張するのは日本人にはなかなか理解しにくい。

日本では物乞いは悪、施しもある意味奇特なことだが、キリスト教もイスラム教も『施し』というのは受けるほうも与えるほうも『当たり前』であり、宗教的な『義務』のようなものであるところがなかなかわかりにくい。

日本では『情けは人のためならず』と巡り巡って自分に・・・だとか、『袖すり合う』的な共助の精神はあるものの、行き過ぎた他者への施しは善しとされない。(まずは頭の上の蠅を追えと批判されることもある)

しかし、キリスト教もイスラム教も宗教的な義務として貧しい者に『施し』を与えることが教義として存在し、特にイスラム教ではザカート(制度喜捨=義務)とサダカ(自発的喜捨=自由)のサダカとして定義がある。

・持つ者は、持たない者に施す義務がある

・持たない者は、持つ者から施しを受ける権利がある。

この義務と権利を日本人につきつけるとおそらくたいていの場合は『何様のつもりだ』とキレるだろう。しかし、イスラミックにはごくごく当たり前のことだ。

キリスト教でも『施し』は天国に行くための善行の意味はあるものの、権利についてはバイブルに規定が無いのではないだろうか。

欧州ではキリスト教以外にもnoblesse oblige(ノブレス・オブリージュ:貴族の責任あるいは義務の強制)というのがあるが、これは19世紀に始まった富裕者や権力者の社会的責任を言うだけで、一般の人には無関係だ。

そういった文化・習慣の違いは結局『この国は我々に冷たい』vs『難民は暴徒だ』という相互の誤解といった図式に表れてくると思われる。

キリスト教でもイスラム教でもない日本人には、どちらも本質的に理解できない。そのため、TVで映し出される難民を見ると正直言ってうろたえるのだ。しかし、幼い命を見捨てるわけにはいかないのでわずかな寄付をしてみたりもする>(以上)

なるほど「施すのは当然の義務であり、施しを受けるのも当然の権利」! これでは難民は殺到するばかりだ。国境を厳しく封鎖するしかないが、メリケルチックな“いい子ぶりっ子”のお花畑国家は、それができない。最早収集できずに難民ともども溺れるしかないのではないか。

EUの盟主が迷主になって欧州全体を地獄へ引きずり込もうとしている。生き残るためにはもはや「鎖国」しかない!?(2015/9/21)

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