平井 修一
国基研企画委員・太田文雄氏の論考「ロシア新型弾道ミサイル原潜の太平洋配備の意味」10/5から。
<9月30日にロシアのボレイ級戦略弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)「アレクサンドル・ネフスキー」がカムチャツカ半島東部(の太平洋艦隊基地)に到着した。
これまで、ロシアの北海艦隊には新型弾道ミサイルのブラバを搭載するボレイ級SSBNが配備されていたものの、太平洋艦隊に配備されていたSSBNはデルタIII級で、最新艦でも1981年の就役であることから既に艦齢が過ぎ、実質的なパトロールはできていなかった。
しかし、ボレイ級の太平洋艦隊への配備は軍事的に見て、冷戦時代のオホーツク海要塞化が再び現実味を帯びてくることを意味する。
*高まる北方領土の戦略的重要性
冷戦終了後、北方領土のロシア軍は削減されたが、それはオホーツク海を要塞化する必要がなくなり、戦略的重要性が低下したからである。しかし今回の新型SSBNの太平洋艦隊配備によって、北方領土の戦略的重要性が再度高まってくる。
こうした背景から、ロシアが北方領土を日本に返還する可能性は遠のいたと見るべきであろう。そうでなくとも、昨今のロシア高官の北方領土訪問や、岸田文雄外相とモスクワで会談した直後のラブロフ・ロシア外相の「北方領土問題は協議しなかった」という頑なな発言(9月21日)を聞けば、ロシアが簡単に北方領土を返還するつもりがないことは明らかである。
*何のためのプーチン来日か
国連総会出席を機会に安倍晋三首相はプーチン・ロシア大統領と会談し、年内の大統領訪日が取りざたされている。駆け足でニコニコしながら大統領に近づく安倍首相に対し、したり顔で迎える大統領が印象的であった。
一方で、ロシアの新型SSBNが太平洋艦隊に配備された翌日の10月1日には、これまでの空母「ジョージ・ワシントン」よりも10年後に建造された「ロナルド・レーガン」が母港の横須賀に入港し、米国のアジア・リバランス(再調整)政策を裏打ちした。
ロシアの一方的なクリミア併合を批判する米国は「現在はロシアと通常の関係に戻る時ではない」(国務省)と警告している。日本が米国との関係を損ねてまで、この時期にプーチン大統領の訪問を実現するメリットは一体何だろうか?
1989年の天安門事件で国際社会から孤立した中国は、日本をくみしやすい相手として1992年に天皇訪中を実現、孤立から脱することに成功した。以後、中国は孤立から脱出させてくれた恩人である日本にどのような仕打ちをしてきたか?
現在、クリミア併合やウクライナ東部への武力介入で国際社会から孤立しているロシアは、孤立から脱しようとして利用しやすい相手を探している。日本は成果が不透明なままプーチン大統領との関係にのめり込むべきではない。1992年の轍を踏んではならない>(以上)
安倍氏のプーチン擦り寄りはロシアでも疑問視されている。スプートニクニュース10/10「今年、プーチン大統領訪日が成功する兆しは見えない」から。
<モスクワで露日外務次官級会談が終了した。モルゲロフ、杉山両次官による話し合いは7時間にも及んだ。菅官房長官は会談を建設的と評価している。菅官房長官はまた、日本外務省はプーチン大統領の訪日の刷り合わせを続けていくと語っている。
有名な東洋学者のアレクサンドル・パノフ元駐日ロシア大使は菅官房長官の楽観主義とは意見を異にしている。
「知る限りではこの交渉の中でそれぞれの側が前々からわかっている自分の立場を語った。これは1980年代末にあった状態へまた戻っていることになる。
非常に悲しいのは、20年後、我々がまた開始した時点に戻ってしまったことだ。どんなに論拠を並べても何もならない。なぜならそれぞれの立場は政治的には矛盾したままだからだ。
問題は政治的解決以外では解きようもないが、今の条件ではそれは不可能だ。もちろん、交渉が成立したというのは悪くはないが、これは全く非生産的なものだったことは間違いない。立場の違いを確認するのに7時間も座り続けることはない」
記者:平和条約の主たる問題で立場が異なるのであれば、日本はなぜ、あんなにもプーチン大統領を待っているのか?
「第1に、安倍氏自身はこの訪問を非常に望んでいる。それはロシア大統領との直接的な対話を目指す自分の路線が成果を出していることを見せるためだ。
日本はなぜか、ロシアの外交政策を決めているのは外務省ではなく、プーチン大統領個人だと思い込んでいる。今ロシアは苦しい立場にあるのだから、大統領から必要な決定を得られるのではないかというわけだ。
これと同じだったのがエリツィン時代だ。だがこれは何の結果も生まなかった。
それでも安倍氏がプーチン大統領と交渉を行わねばならないのはもうひとつ、ロシアと中国が反日というプラットフォームに立って接近することを許さないためだ。こうした事態となれば、日本にとっては悪夢でしかない。
第2に、安倍氏は自分のしいた対露関係の発展路線になんらかの進展があることを本当にアピールせねばならないのだ。
米国がこの路線を良く思っていないことを示す証拠はますます挙げられている。米国務省の論拠のひとつに、我々(米国)はあなた(安倍氏)に「その必要はない」とは言わない。ほら証拠にあなたは何も達成しなかったではないか。ところがあなたの行為は対露関係に関して西側の一枚岩の姿勢を侵食している。
第3に日本は実際にこの地域での孤立を危険視している。日本は対米関係の強化へ向かい、TPP合意を結んでおり、オバマ米大統領も中国がこの地域での貿易ルールを決めることは許さないと明言している。
米国は中国に対する抑止を強化し、スプラトリー諸島に艦隊を派遣しようとしている。
日本にとって見れば、状況は米政策の反中国要素が強化され、非常に憂慮すべき状態となっている。日本がもし中国との関係を築けないのだとすれば、今度はロシアと付き合うしかないというわけだ」>(以上)
ロシアに足元を見られているということ。TPP大筋合意は日本にとって対中包囲網で大きな前進だが、好事魔多し、対露交渉で前のめりにならないよう最大の注意をすべきだ。(2015/10/16)