2015年10月18日

◆ヒラリー最悪のピンチ

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)10月17日(土曜日)通算第4688号>    

 
〜ベンガジ米領事館襲撃事件の真相を隠蔽したオバマ政権
 ヒラリー最悪のピンチ。「ベンガジからシリア反政府軍への武器横流し」〜


ヒラリー・クリントン前国務長官が、次期米大統領選挙で、いまのことろ、民主党レースのトップを走っている、と考えられている。

左翼マスコミの意図的なミスリードである。

ヒラリーが現職国務長官のとき、私的メールをふんだんに利用して機密情報のやりとりをしていたことは本人も認め謝罪し、事件の打ち消しに躍起となった。

民主党候補のテレビ討論会では、みなが桜だから、あえてこの事件を蒸し返すことは無かった。

ベンガジで何があったか?

この裏には重大な機密が隠されており、オバマ政権の屋台骨を根底から揺さぶりかねないスキャンダルなのである。

2013年9月11日、リビア東部ベンガジにある米国領事館がテロリストに襲撃され、ステーブン大使ほか大使館員、警備のCIA要員らが殺害されした。

当時はリビアにおける「アラブの春運動はカダフィ大佐の除去により、民主化が実現し、米国の戦略であるアラブ全域の民主化は成功するだろう」などと信じられないほどの楽観論が世を覆っていた。

筆者がニュースを聞いて最初に疑問視したのは、なぜ米国大使はトリポリではなく、ベンガジにいたのか? しかも9月11日とは、NYテロ事件の記念日ではないか。

それらは初歩的な疑問であり、しかも現在にいたるまで満足な回答がでていない。 

現実にはチュニジアが混乱にいたり、リビアは無政府状態となり、エジプトは軍事政権が復活した。

シリアは破壊と混乱と大脱走と、そしてISISの跳梁跋扈、ロシア軍の参戦により、中東の主役はロシア、イランに移行した。米国の中東政策はことごとくが失敗に終わった。
 
時計の針を12年3月11日にもどす。

ベンガジの米国領事館というのは「領事館」と呼べるシロモノではなく、「駐在員事務所」のようなお粗末な建築で、しかも警備が手薄だった。CIAオフィスは、そこから離れた場所にあった。

米国大使は、いったいぜんたい、大使館のトリポリを離れて、なぜベンガジにいたのか。

作戦司令をヒラリーは国務省を通さないで直接、私的なメールでおこなっていたのは何故か。

ずばり、大使の任務はリビアに拡散した米国の最新鋭兵器の回収にあり、しかも、それらの武器をシリアへ輸送し、反アサド政権の武装集団へ引き渡すという危険な任務を帯びていたのだ。


 ▲オバマの中東政策はすべてが裏目にでて失敗した

 そして。
 
米国の秘密通信を傍受したらしい、あるいは米国よりのポーズをとって親米派を偽装したイスラム過激派が、これらの武器の横取りを画策したからではないのか。

武器はISISにも流れ、イラク、ヨルダンの過激派にも流れ、反アサド勢力に渡ったのは半数にも及ばなかったという情報がある。

ベンガジの米国領事館をおそったのはISISではなくシリアの謀略機関、あるいはロシアの代理人ではなかったのか、という声もあがっている。

レーガン政権下、イランコントラ事件では、政府高官の多くが辞任に追い込まれた。ニクソン政権弐期目の折は民主党本部のウォーターゲートに盗聴器をしかけたという「ささいな事件」を左翼ジャーナリズムが大げさに報じ、ついにはニクソン辞任へと追い込んでいった。そのときヒラリーは学生活動家としてニクソン弾劾の隊列にいた。

ところが、このリビアゲートとも言われる最悪のスキャンダルと、ヒラリーの偽証に関して左翼ジャーナリズムは何ほども報道しない。

あたかも安倍打倒を社是として、僅かな反対運動のデモ隊を10万以上と書いて作為的報道を操作した、日本の左翼ジャーナリズムと同質であり、ヒラリーに不都合なことは知っていても知らぬ半兵衛と決め込むのである。

だが米国共和党の保守派の怒りは納まらず、来週10月22日に開催予定のヒラリーへの聴聞会に注目が集まる。ここでもし、彼女が失言したり、別の証拠を見せられたりすれば、大統領選挙に致命傷となるだろう。
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