2015年10月25日

◆中国ビジネス、腐敗の現場

中村 裕
 


中国国家主席、習近平が躍起になる政権中枢の腐敗撲滅。その手も行き届かない闇が社会を覆っている。ビジネスの現場も例外ではない。現地に進出する日本企業の末端でも、仕事の発注の見返りに金品を要求する「キックバック」が横行する。最前線の現場で“腐敗の実態”に迫った。

■30代課長、もう一つの財布

中国南部の一大経済圏、広東省西部のある都市――。2000社を超える日系企業が集中し、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなど日本の大手自動車メーカーが主力拠点を置く、日本にもなじみの深いこの街で、日系の大手自動車部品メーカーに勤務する30代前半の中国人男性、寧恩達(仮名)が、腐敗に手を染め始めてから、もうすぐ1年になる。

見た目は小柄で、非常に真面目な雰囲気。身なりもきっちりとしIT(情報技術)管理部の課長だ。寧の給料は月額5000元(約10万円)。一般的な民間企業に勤める中国人の給料は数万円だから、待遇は良いと言っていい。

ところが彼には、実はもう一つ別の財布がある。「キックバック専用」の財布だ。昨年12月、4年間務めた前任の中国人の課長から引き継ぎ、手に入れたその“黒い財布”には、給料の4倍の2万元(約40万円)が毎月、自動的に振り込まれるようになった。

振り込んでくるのは、寧がIT管理部の課長権限で毎月発注するパソコンやモニター、プリンターのインクなど、工場で日常的に使う各種製品を取り扱うIT関連の中国企業だ。製品を毎月、寧に大量に発注してもらう代わりに、発注価格の10%分を「お礼」として、寧にキックバックしている。

寧が勤務する日系企業の従業員は、現在約2000人。IT関連の製品だけでも毎月の発注金額は400万円ほどになるため、その10%の40万円がキックバックされ、寧の懐に入る仕組み。だから、寧は正規の給料の10万円と合わせ、合計毎月50万円を、この日系企業で稼いでいる計算になるのだ。

寧にも、もちろん後ろめたいことをしている自覚はある。だからこそ月々40万円ものお金の振り込み先は、寧本人の銀行口座ではなく、寧の妹の口座にして、毎月振り込んでもらってきた。

中国では、スマホを使って、手軽に送金ができるサービスが普及しており、腐敗の温床になりやすいとの指摘もある中国では、スマホを使って、手軽に送金ができるサービスが普及しており、腐敗の温床になりやすいとの指摘もある

だが、それでもまだ寧は不安になったのか、ここ2カ月は、中国で人気のスマートフォンのアプリ「微信(ウィーチャット)」の決済サービスを使って送金してもらい、銀行間の直接取引は止める念の入れようだ。

■「権限委譲、好都合だった」

しかしなぜ、コンプライアンス(法令順守)に厳しいはずの日本企業で、こんな不正が可能なのか。寧に毎月、キックバックを振り込むIT関連企業の中国人男性担当者、張建新(36、仮名)との接触に成功した。彼は中国ビジネス社会の常識や裏側を、分かりやすく、丁寧に語り始めた。「中国でビジネスをするなら、何かしらの便宜やキックバックは欠かせません。何も無ければ、人は動かない。仕事は永遠にもらえない。ただ、それだけですよ」

中国ビジネスの裏側、実態について話をしてくれた張建新は、「できればキックバックなどはやりたくない」と語った(9月、広東省)

中国ビジネスの裏側、実態について話をしてくれた張建新は、「できればキックバックなどはやりたくない」と語った(9月、広東省)

張はそう言い切った。張が勤める中国企業は中国では中堅クラスのIT企業。取引先は、ほぼすべてが中国に進出する大手日系企業だ。張によると、取引がある100社の日系企業のうち、約90社の日系企業でこうしたキックバックの裏取引が「中国人同士の間で日常的に行われている」のだという。

「今のキックバックの相場は5〜10%」(張)。だが、「こんな中国ビジネスの常識ですら、日系企業の駐在員の日本人ビジネスマンは良く分かっていません」。張はそう言って話を続けた。「彼ら大手の日本企業のサラリーマンの中国駐在は、おおよそ4、5年と短く、複雑な中国人社会や中国ビジネスをよく理解しないまま、人事異動で日本へ帰国してしまいます」

「それでいて日本企業は最近、一生懸命、現地化が大切だとか、中国人に権限を委譲すべきだとか、中国になじもうと努力はしてくれてはいるが、それは反面、中国人にとっては非常に都合の良いことだった」と張は話す。

なぜなら、「中国人に権限を委譲してくれる分、キックバックなど裏取引はやりやすくなる」からだ。「ただ、仮にもし日本人社員が中国人社員の不正に気付いたとしても、日本人はおとなしいからなのか、中国人同士の面倒な事に巻き込まれたくないのか、大抵何も言ってこない」。張は少し苦々しい表情で、こう中国ビジネスの裏側を語った。

■偽領収書で経費水増し

寧が勤める日系大手自動車部品メーカーの場合も、状況は全く同じだ。IT管理部門で働く寧の上司の部長は、40代男性の日本人。中国駐在歴は約1年とまだ浅く、「中国の事情をあまり良く分かっていないまま、今も仕事を続けている」(張)といい、一見、真面目に見える部下の寧にも、全幅の信頼を寄せているのだという。

そんな日本人上司の下で働ける寧が喜んでいるのは言うまでもない。「まさか裏でキックバックの取引が行われているとは、日本人の部長は全く思っていない」(同)
のだ。

中国では、領収書を不正に販売する業者から、勧誘のFAXが毎日のように、各企業に大量に送りつけられてくる中国では、領収書を不正に販売する業者から、勧誘のFAXが毎日のように、各企業に大量に送りつけられてくる

張は問題の核心、キックバックの費用をどう会計処理しているかについても語り始めた。

「一般に中国の民間企業の場合、社員が、家族や友人と食事に行った時、会社名義で領収書をもらうなど、普段から会社全体で領収書をあちこちから集める工夫をしています。それでも、キックバックなどで客先に支払った金額に比べ、到底足りませんから足りない金額分は、領収書を専門に売る業者のところにわざわざ買いに行って、帳尻を合わせるのです」。実際、中国には、領収書を不正に販売する業者が山ほどある。

■車の中で、札束を

「私は絶対に足跡が付かないように、銀行口座は使わず、キックバックは、いつも現金で相手に手渡ししています」

中国内陸部の中核都市、湖北省武漢市。経済発展著しい同市内の中心部で、大手企業向けに通信関連のシステム工事を手掛ける企業のトップ、中国人男性の李金平(50、仮名)はこう打ち明ける。

この会社は電子部品や自動車関連メーカー向けに、各種のシステム工事を手掛けているが、やはり「取引先の中国企業はもちろん、大半の日本企業の取引先でも、当たり前のように中国人担当者からキックバックを求められ、裏取引を行っている」という。

手口はいつも同じだ。 まずは商品を注文してくる先方の日系企業の中国人担当者から、李の会社に、システムの注文段階で合図が送られてくる。

例えば「今回はプラス1で」といった具合だ。プラス1とは1万元(約20万円)のこと。プラス6なら6万元(約120万円)だ。それがつまりキックバックの要求金額になる。そのキックバック分の金額を、見積もり金額の中にうまく入れ込み、先方の会社に、正式な見積書として提出するのだ。

そうして、商品を注文してくれる中国人担当者の“指示通り”に作った見積書を、提出しさえすれば、仕事は予定通りに落札、受注させてもらえる。

その後、システム工事が無事完了した段階で、李はいよいよ工事を発注してくれた中国人担当者を、電話で食事に誘い出す。

2人だけで食事を済ませた後、李が車で相手を自宅の目の前まで送り届けた段階で、誰も見ていない車の中で、資料に札束を入れた封筒をはさんで手渡すのが、李のいつものやり方だという。「相手は何も言わずに黙って受け取ってくれ、次の仕事のチャンスをまたくれる」。いつもがこの繰り返し。キックバックの相場はやはり、工事代金の5〜10%だ。

■タイミング良く席を立つ

日本人がまったく蚊帳の外かというと、そうでもない。日本人営業マンの高塚克彦は、「中国でキックバックを止めれば、仕事は他の会社に持っていかれるだけだ」と話す

日本人営業マンの高塚克彦は、「中国でキックバックを止めれば、仕事は他の会社に持っていかれるだけだ」と話す。「もう、私は、中国ビジネスのやり方に、慣れ過ぎてしまいましたけど…」。そう話すのは、広東省広州市に拠点を持つ、ある日系大手の上場企業で営業マンを務める日本人男性の高塚克彦(44、仮名)だ。

彼には、10年近い長年の中国駐在経験で身につけたちょっとした“技術”がある。中国に進出する日系メーカーを中心に営業をかける高塚の会社では、営業に強い中国人の営業マンと、技術に強い高塚のような日本人の営業マンが、ペアを組んで、客先に営業をかけるのが、社内ルールになっている。

そんなスタイルで日々営業を重ね、客先の会社でようやく商談がまとまりかけると、日本人の高塚はきまって、携帯電話に電話がかかってきたフリをて、商談中、席を外すのだという。その理由は、「キックバックの相談を中国人同士で話ができる環境をつくってあげる」(高塚)こと。中国ビジネスではそれがマナーで、重要だと言うのだ。

いくらキックバック慣れした中国人でも、引け目はあるのだろう。「日本人の前で、そういう話はしたくないのは、彼らのせめてものプライドなんです。だから私は、自然な形で席を立ち、中国人のプライドを傷つけないよう心がけている」という。

もちろん高塚自身、日本人として、思いは複雑だ。取引先の日系企業に勤める若い中国人社員が、自分がもらう給料の何倍ものお金をキックバックで得て、数千万円のマンションを買い、高級車に乗る姿を幾度となく見てきたからだ。

業種で見ると、広告業界、建設業界、自動車関連業界、IT業界、不動産業界など、扱う商品やサービスの金額規模が比較的大きかったり、商品の価格設定が分かりにくい業界で、やはりキックバックが横行し、腐敗の温床となっている場合が多い。

しかし、高塚は「この中国のビジネスの世界で、顧客からのキックバックの要求を受け付けずに商売をやることは相当厳しい」と切実に打ち明ける。自らがやめても、やめない会社は中国には無数にあり、「それらの会社に仕事を持っていかれるだけ」だからだ。

■庶民にはびこる腐敗

中国には誰もが知る有名なことわざがある。

「過了這個村,没這個店」

村をいったん通り過ぎてしまえば、もうお店を見つけることはできない――。日本のことわざで言うなら、「柳の下の泥鰌(どじょう)」。柳の下で一度、泥鰌を捕まえたからといって、いつもそこに泥鰌がいるとは限らない。いつも幸運を得られるものではないという戒めを込めたことわざだが、今の中国では、こんな解釈がはやっている。

 「その職場で、権限を使わないと、2度とチャンスは訪れない」――。

習近平は「虎(大物)もハエ(小物)も同時にたたく」とのスローガンを掲げ腐敗撲滅運動を推し進める。共産党内部の権力闘争はいまだ冷めやらず、大物取りが連日、報道で伝えられる。それを見てスカッとしている庶民が実は腐敗に漬かっているのだ。

子供を有名大学に入れるための袖の下は序の口だ。将来自分の子を共産党幹部にしようと、小学校の学級委員にさせたり、病院で不機嫌な看護師から機嫌良く注射1本を打ってもらったり、ただそれだけのためにカネが動く。

社会のありとあらゆるところで、賄賂の類いが頻繁に行き来する、それが中国の一面である。

中国では、一般の民間企業に勤める社員が、激しい中国ビジネスの競争を勝ち抜くのは、容易な事ではない…(9月、広東省広州市)

中国では、一般の民間企業に勤める社員が、激しい中国ビジネスの競争を勝ち抜くのは、容易な事ではない…(9月、広東省広州市)

日本の場合、一般企業でも従業員が取引先から裏リベートを受け取れば就業規則違反による懲戒免職に相当する。それだけでなく、本来値引きで会社の利益になる分をキックバックとして受け取ったことが立証されれば、背任や詐欺、業務上横領などの刑事責任を問われる可能性もある。雇用主の企業にとっては思わぬイメージダウンにつながりかねない。

独フォルクスワーゲンや東芝の不祥事で企業統治にこれまでにない厳しい目が注がれる中、日系企業はいつまで見て見ぬふりをできるだろうか。

今年1月、日立製作所の中国エレベーター合弁子会社のトップが突然、当局に拘束されたことが明らかになった。汚職容疑だった。容疑は日立合弁での業務に関わるものなのか、別にトップを務める国有企業でのものなのか明らかになっていない。だが、彼の下で仕事をしていた中国人社員が最近、こんな事を話してくれた。

「捕まったあの方は、我々のような日系の外資企業が、中国ビジネスでいかに勝ち抜くか、まさにそれを全身で教えてくれた立派な人でした。だからこそ、うちは中国では大きくなれました。

ですが、あの方が突然いなくなり、今後、うちのような日系企業がどうなるのか心配です。中国では建前だけでは会社は大きくはなれません。大きな仕事を取るためには、人脈が必要です。人脈をつくるには、多くのお金がかかるのが現実です」

今回の取材では、紹介し切れぬほど、数多くの日系大手の企業の名前が挙がってきた。改めて、中国に駐在する日本人ビジネスマンに感想をたずねてみると、こんな答えが返ってきた。

 「これ(腐敗)は、もはや中国の商習慣なんです」「中国の文化、必要悪なんです」「いまさら言ったところで、しょうがない」「目をつぶっておいた方がいいんですよ」「知らないふりが一番」

 「そっとしておいた方がいいんですよ」

=敬称略(広州)
日本経済新聞 電子版 2015/10/19
            (採録:松本市 久保田 康文)

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