2015年10月29日

◆「生きている化石」の木

渡部 亮次郎



それは「メタセコイア」。東京都江東区の都立猿江恩賜公園近くに暮らすようになって20年以上経つ。その公園を毎日の散歩コースにしいたのだが、さすが昭和天皇から下賜された公園らしく、昭和天皇が好まれていたと言う「生きた化石」の木「メタセコイア」を沢山植えて、都民の「謝意」を表しているようだ。

まず、公園の入り口(新大橋通り側)に横並びにメタセコイアがそろって6本植えられ、公園のシンボルとなっている。通りを挟んで向かい側は区立江東公会堂(ティアラ江東)である。

私が散歩して居たのは「北部」地区。1周1・1キロ。3000歩である。その途中に、メテセコイアが数十本植えられている。木場(きば)の材木置き場を埋めたてて公園にしたのが昭和56年と言うから、既に34年、経っている。

メタセコイアはいずれも高さ30メートル近い大木に成長している。壮観だ。

メタセコイア。学名 Metasequoia glyptostroboides
和名 アケボノスギ(曙杉)イチイヒノキ 和名アケボノスギは、英名dawnredwood(または、学名Metasequoia)を訳したもの(ただし、化石種と、現生種を別種とする学説もある)。

葉はモミやネズに似て線のように細長く、長さは1〜3cm程度、幅は1,2mm程度で、羽状に対生。秋に赤茶色に紅葉した後、落葉する。樹高は生長すると高さ25〜30m直径1.5mになる。

1939年に日本で常緑種のセコイアに似た、落葉種の植物遺体(化石の一種)が発見された。発見者の三木茂博士により『メタセコイア』と命名され、1941年に学会へ発表された。

当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていたが、1945年に中国四川省磨刀渓村(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼ばれることが多い。

その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り受け、全国各地に植えられているのだそうだ。

英国の種苗会社などから、インターネットで種子が入手できる。タネは直径2〜3mmの、淡黄色のおがくず状の物で、発芽率はあまり良くないが、日本の気候にはよく合い、生育が早いので、栽培してみる価値は十分にある。

早めにタネを入手し、1月中旬か下旬に浅鉢、浅箱などに蒔き、タネが隠れる程度に覆土し、乾かさないように管理する。櫻が咲く頃に、徐々に発芽してくるので、数センチになったら3寸のポットに仮植えする。

秋には30cmくらいの苗に生育する。翌春発葉する前に、定植する。苗は一年で1m近く生育し、最終的には30〜40mになるので、株間は7〜8mは必要である。

冬のソナタ。メタセコイアの並木道が登場し、ドラマのファンからはシンボルの一つとして扱われる。

三木町―発見者・三木博士の出身地。博士の功績を記念し、メタセコイアを町のシンボルとしている。三木町(みきちょう)は、香川県東部に位置する町。高松市のベッドタウンとなっている。

また香川大学医学部ならびに農学部を擁する、三木キャンパスの学生街でもある。9月下旬に行われる『獅子舞フェスタ』で知られる。

近年、香川県農業試験場にて開発された讃岐うどん用国産小麦・さぬきの夢2000の試験栽培が開始され、同品種の名産地として脚光を浴びている。

この事はNHK総合のドキュメンタリー番組「プロジェクトX 挑戦者たち」第149回(2004(平成16)年7月6日放映分)にて「さぬきうどん 至高のうまさとは」というタイトルで紹介された。 2010・6・15執筆    出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』

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