吉田 忠則
世界最大の経済大国、米国が主導する新しい経済圏誕生への動きが、2位の経済国、中国で波紋を広げている。関心はただ一つ。環太平洋経済連携協定(TPP)が中国の台頭を脅かすかどうかだ。TPPの「陰の主役」である中国が、日米を含む12カ国による大筋合意にどう反応したのかを点検する。
筆者が注目した記事
・10月20日 日経夕刊1面「TPP、関税95%撤廃」
・10月6日 日経朝刊1面「TPP大筋合意」
・10月6日 日経朝刊9面「中国は『新シルクロード』、アジアに自国中心経済圏」
まずは政府の公式発言から。「広大な太平洋は中国と米国を十分に収容できる」。中国の高虎城商務相はTPP合意を受けて開いた記者会見で「中国のアジアでの影響力が高まるのを米国が抑える手段ではないのか」と問われ、こう答えた。
まるで太平洋を米中で分け合おうとするかのようなニュアンスが気になるが、「米国による中国の排除」という見方は否定した。表だってTPPへの警戒心を示したりしないのは、外交上当然の姿勢ともいえる。
■「油断すべきでない」
そこで中国の本音をさぐるため、メディアの報道を点検しよう。「米国は中国が国力で猛追し、世界の指導者の地位を脅かされることを望んでいない」。商務相が会見では控えた一言を、「北京青年報」が代弁した。同じく北京紙の「新京報」は「TPPが貿易ルールを主導することについて油断すべきでない」と警戒感をあらわにした。
吉田忠則(よしだ・ただのり) 89年日本経済新聞社入社。流通、農政、保険、政治、中国などの取材を経て07年から経済部編集委員。主なテーマは中国経済と日本の農業。
吉田忠則(よしだ・ただのり) 89年日本経済新聞社入社。流通、農政、上海紙の「解放日報」は、TPPが成果を出すための課題を列挙した。1
つは、各国がTPPを批准できるかどうかが不透明という点で、米国の大統領選の影響を指摘した。2つめは関税撤廃にかかる時間。そして最後に「世界2位の経済国の中国がないと、利益は最大にできない」。
中国人の自尊心をくすぐる記事が多いが、では中国はTPPにどう対応しようとしているのか。商務相の記者会見に戻ると、協議中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓自由貿易協定(FTA)などを挙げ、「世界を覆う高いレベルの自由貿易区のネットワークをつくりあげていく」と話した。
RCEPは日本やインド、オーストラリア、東南アジア諸国連合(ASEAN)などの16カ国によるアジア太平洋の経済連携を指す。米国抜きの新しい秩序を目指す中国が、もっとも優先する長期的な課題だ。交渉が進んでいなかった日中韓FTAに触れた点も注目すべきだろう。
■共通ルールに引き込む
TPP交渉の大筋合意が中国で波紋を広げている(10月5日、米アトランタ)=共同
TPP交渉の大筋合意が中国で波紋を広げている(10月5日、米アトランタ)=共同
これがTPPの大きな成果だ。日本国内には、海外と比べて競争力の劣る農業界などでTPPへの根強い反対論がある。だがこれは「どうすれば国産の競争力を最大限高めることができるか」「それでも埋まらない海外との差を、政策でどう支援するか」に論点を絞って対策を考えればすむ国内の問題だ。もちろん、すべての農家を守ることが目的ではない。
これに対し、膨張し続ける中国にどう向き合うかという重い課題は、日本だけでは到底対処しきれない。そしてこの問題の目的は中国と対立し、中国を孤立させることではなく、中国をできる限りこちらと共通のルールに引き込み、アジアの発展を安定軌道に乗せることにある。TPPはその起爆剤になる。
あとは、中国メディアが指摘したハードルを各国が着実に乗り越えることだ。まずTPPを批准し、発効させる。次にスケジュールにそって合意内容を実現し、さらによりレベルの高い自由貿易圏に発展させる。中国メディアが警戒していることを実現することで、TPPは真価を発揮する。 日本経済新聞 編集委員
2015/10/26
(採録: 松本市 久保田 康文)