2015年10月30日

◆産経加藤裁判でみえる朴政権の本質

櫻井よしこ



韓国の朴槿恵大統領の名誉をコラムで傷つけたとして起訴された産経新聞前ソウル支局長、加藤達也氏に対する論告求刑公判で、この裁判の本質を示すかのような発言が検察側から飛び出した。

「被害者は強い処罰を求めているが」と検察官が加藤氏に問うたのだ。被害者、つまり朴大統領が加藤氏を重く罰することを求めているというのだ。
 
加藤氏は「朴大統領の処罰感情について初めて聞いて驚いている」と答えたが、検察官の言葉は、同裁判が多分に政治的性格を帯びていることを巧まずして曝露したといえる。
 
そもそも同裁判は、言論表現の自由を民主主義社会の重要な基盤と見做す先進国では考えられないものだ。加藤氏が度々指摘したように、セウォル号が沈没し、高校生をはじめ多くの国民が犠牲になった大事故の発生当日に、国のトップである大統領の所在と行動が7時間も不明と、当時、報道されたこと自体が大ニュースだ。日本の首相動静は分刻みで、翌日には公開されている。米欧先進諸国でも、首脳の行動は限りなく透明に公表される。加藤氏ならずとも、ジャーナリストなら強い関心を抱くのは当然である。
 
氏に、韓国検察は1年6か月を求刑した。厳しい求刑の背景に大統領の「強い処罰感情」があるのか、大統領の思いが三権分立の民主主義の規範を超えて、司法判断に影響を与えているのか。であれば、朴政権下の韓国に、真の民主主義があるとは言えないだろう。そのような国を少なくとも成熟した先進国とは到底、呼べない。
 
韓国の思考は、狭量な自己中心主義に貫かれているのではないかとさえ思う。こう感ずるもうひとつの事例が、米韓首脳会談に関する情報発信のあり方だ。
 
朴大統領は10月16日、オバマ米大統領とホワイトハウスで会談し、共同記者会見に臨んだ。その席で朴氏は、3年半ぶりとなる日中韓首脳会談の開催に、韓国が果たした役割をオバマ大統領が認め、米韓関係と中韓関係は両立するとして、韓国の対中政策を支持したと語った。

門前の大国
 
中国の戦勝70周年軍事パレードに米国の反対を振り切って参加し、米国が要請した高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を、中国の強い反対で事実上拒否し続けるなど、中国寄りの韓国の立場を、米国が認めたと、朴氏は強調したのだ。
 
実際の米韓関係はどうか。首脳会談の2日前、ワシントンの外国プレスセンターで会見が開かれ、国務次官補のダニエル・ラッセル氏らが首脳会談の意義などを語った。強調されたのは、米政府のアジア重視政策の重要性だった。
 
オバマ大統領が今年4月に安倍晋三首相、7月にベトナム共産党書記長グエン・フー・チョン氏、9月に習近平氏、10月に朴槿恵氏、さらにその後インドネシア大統領のジョコ・ウィドド氏を迎えることは、米国がアジアへのリバランス政策を重視し、実行し続けるという意味だと、ラッセル氏は説明し、「航海の自由について、中国が東シナ海上空に防空識別圏を設けたとき、韓国は適切かつ強力に、国際法に基づいて対応した」と語ってみせた。
 
米国の南シナ海での活動の目的は、東アジアを含むルールに基づいた国際社会を支援することだとも強調し、「人民解放軍が戦った唯一の戦争は韓国に対してだったことは誰も忘れていない。同時に韓国の戦略は明らかに、中韓関係の改善と強化を通して、核搭載ミサイルなど核戦力を増強する北朝鮮に対処しようというものだ。韓国大統領はそう決定した。北京で彼女が習主席と話し合った結果、いま、米韓両国が協議の機会をもつことになった」。
 
極めて率直な発言ではないか。米韓、中韓の関係は「ゼロサムゲームではない」と言いながら、明らかに全体として米国は韓国の中国への接近を非常に気にし、不快感を抱いていることを示していた。オバマ大統領も、記者会見の最後の部分で本音を語った。

「朴大統領に話したのは、われわれが継続して中国に主張すべき唯一のことは、中国が国際規範と国際法を守るよう希望するということです。中国がそうしないとき、韓国も米国同様、公に発言するよう望みます。なぜなら、われわれ両国は第2次世界大戦後の国際規範と国際法の恩恵に浴しており、世界秩序が弱体化し、大国がこれを悪用することは座視できません。(中略)中国が韓国の門前の大国であることを考えるとき、彼らが規範に違反しても処罰されないなら、それが経済的問題であれ安全保障問題であれ、韓国にとって良いことはないはずです」

日韓協調路線
 
無法な中国にただ従うことを米国は欲しないという、韓国に対する強い要求であり、米韓首脳会談の最重要のポイントである。首脳会談に至るさまざまなレベルでの会談で、幾度も米国側が韓国側に提示した要求のはずだ。その本音が記者会見でも明らかにされた。しかし、この重要なくだりは、韓国政府発の情報から削除されているのである。統一日報論説主幹の洪熒氏が指摘した。

「韓国外務省、青瓦台のホームページをいくら見ても、この部分がありません。朴大統領も韓国外務省も、事の深刻さを理解していないのです。朴大統領は米国で、食べきれない数の料理をテーブル一杯に並べる韓国式宴会のような提案をしました。しかし、米国が本当に欲している料理はそこにはない。いま韓国が南北統一の原則論のようなことを話して何の意味があるのか。金正恩体制と朴政権のどちらが先に潰れるかとさえ危ぶまれている、朴政権弱体化の深刻な危機の中で、原則論を語るなら、どの国が同盟国か、本当に韓国を守るのはどの国かという最も大事なことを語るべきです。それができない朴大統領は国民への責任を果たしていないのです」
 
11月1日には日中韓の首脳会談が行われる。米国が韓国を強く促した結果だ。しかし、そこに出席する中国代表は最高実力者の習近平氏ではなく、影響力を弱めている李克強首相である。従って、三国首脳会談の焦点は、日韓首脳が互いをどのように遇し、協調の道を切り開くかという点にある。
 
米国の韓国への要望は、中国依存路線ではなく、日韓協調路線を強めることだ。しかし、朴大統領がオバマ大統領の苦言を正面から受けとめたとは思えない。異なる意見や視点も、或いは加藤裁判で強い処罰を望んでいるように、自身への批判も受け入れられないのが朴大統領ではなかろうか。だとすれば、朴大統領との首脳会談に多くを期待することはできないだろう。日韓双方にとって実に不幸な展開である。
『週刊新潮』 2015年10月29日号 日本ルネッサンス 第677回
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