2015年11月12日

◆浪速伝統文化保存を選挙論戦に

早川 昭三



大阪の「伝統文化の維持と振興」に対して、政治家として認識に極めて希薄だった橋下市長によって、大阪の伝統文化振興と保全施策は、大きく変わった。

振り返ると、大阪府知事から大阪市長へと移籍しても、大阪伝統文化を毀疲させていく橋下市長の「文化高揚の認識不足と文化振興の貢献への不足」には、速花文化を愛する市民からは、大きな批判が今も出ている。
大阪のお笑い文化の魅力を継承していこうと、平成8年にオープンした「大阪府立上方演芸資料館 ワッハ上方」は、落語や漫才、講談など上方演芸に関する資料、およそ6万8000点を集まった。
中には、初代桂春団治の羽織など目を引くものがあった。しかし劣化施策によって学芸員が少なくなり、資料分類や整理が十分にできる事態も起きた。
肝腎な事は、「府立上方演芸資料館」が存続するのは、行政機関の大阪府だからこそ信頼して、古典芸能人の遺族が、進んで遺産を差し出すのであり、いつ潰れるか分からない民間博物館に貴重な財産を寄贈する筈はない。
そもそも、浪花伝統文化の価値そのものを「税金の無駄遣い」と、同次元で考えること自体がおかしいことに、松井知事も分かっていなかった。
「税金の無駄遣い」という次元ではなく、税金で補っても浪花伝統文化を保持保全することが大阪府の役割であることに、知事は分かっているとは思えない。
そこで、「なんば千日前のワッハ上方」の場所に、どうして当時の大阪府が苦労を重ねて創設したのか、これらに焦点を集中して追々。

「ワッハ上方」とは、大阪で生まれて育った上方演芸の興りとその演芸の主導役割を果たしてきた名人たちの軌跡(遺品など)を一同に集めたもので、上方演芸を歴史的に正面から捉えて評価した画期的な「殿堂」と言っていい。

「ワッハ上方」のある「なんば千日前」は、「大阪演芸文化」の発祥地である、道頓堀界隈の近辺にある。言い換えれば「ワッハ上方」は、大阪演芸文化発祥地の側にあるといっても言い過ぎではない。

発祥地となったのは、道頓堀で芝居小屋が建てられたことから始まる。1626年(寛永3年)安井九兵衛が初めて道頓堀に芝居小屋を建てたのをきっかけに次々と小屋が出来て、人形浄瑠璃や歌舞伎が興業。

「五座」と呼ばれたのは、江戸時代末期からで、明治以降は中座、角座、浪花座、弁天座(戦後文楽座、朝日座と名称変更)、旧朝日座をそう呼んだ。
 
戦前までは、この「道頓堀御座」に人並みがあふれ、芝居茶屋が並べた。ところが楽しみもつかの間、昭和20年3月の大阪大空襲で総てが焼失。戦後になると、娯楽に飢えていた浪花っ子たちが、どっとこの道頓堀界隈の「五座」あとに押しかけ、復興された中座は、大入り満員となった。

しかし、戦後に現れた「映画劇場」に人気を奪われ、昭和59年には芝居小屋の道頓堀から、文楽の朝日座、演芸場の角座が相次いで姿を消した。芝居小屋の激減で道頓堀界隈は様変わりしたが、それでも「演芸」の原点は、この地であったことは誰もが認めるところだ。

重要なことは、その発祥地の近くに「ワッハ上方」建てたのは、吉本興業が大阪府の浪速伝統文化の保存する意思に感動したからであり、それから積極的な協力が吉本興業からあったことが大きい。

自社用地の「金毘羅宮分社跡地」に自費で複合ビルを建て、4階に「ワッハ上方」を大阪府が作ることに賛同してくれたのだ。こんな吉本興業の協力が無かったら、今の場所に「ワッハ上方」は存在していない。

しかも「ワッハ上方」は、吉本興業の有名な「なんばグランド花月」の目前に建て、同劇場の観覧客を「ワッハ上方」へ流れ入れるような位置関係に設えてくれたことも、この上もない計らいであった。

予想通り大阪府経営の「ワッハ上方」名は広がり始め、演芸に関する膨大な歴史的資料を蒐集し保存する呼びかけを行うと、名だたる演芸名人の遺族から、「三味線、締太鼓、バチ、衣装など」の遺品の永久保存の依頼や持ち込みが殺到し出し、今日の「ワッハ上方」の基盤を創り出した。

しかも、演芸愛好者や、演芸品収集家から寄贈の申し入れが相次いで「資料館」は展示品で満杯となり、これに取り組んでいた当時の大阪府幹部・担当者を感激させた。

前述のように、永久保存の依頼や寄贈の申し入れは、あくまで大阪府という自治体が「保存」するという「保証」があったからこそ、「演芸の宝」を保持している名人たちの遺族が感銘し、永久保存を次々と依頼してきたものである。

もし、保存責任者が自治体でなかったら、現状のように膨大・貴重な「展示品」は集まってはいない。

「ワッハ上方」の意義はそこにあり、寄贈者が演芸活動家の軌跡を後世の人々に残しておきたいという切なる気持ちの表れもこれに繋がる。

ところが、大阪府は、「ワッハ上方」の意義をもっと浪速文化の振興と集客策と結びつけ、伝統浪速芸人の「展示品」の保存に必死に取り組まなかったのか。「赤字」経営の結果のみを前面に打ち出して「経営軽視」に傾くという松井知事らの論理は、納得できない。

「上方浄瑠璃文楽」、「上方舞」も同様だ。とくに「上方浄瑠璃文楽」の長期転変は、有権者の呆れた批判の声は大きい

とにかく、いま激戦中のダブル選挙で各候補者は「ワッハ上方」の意義を含め、もっと浪速文化振興を公約に掲げるべきだ。選挙戦を争う各候補者は、「大阪伝統文化の論理と伝統の保存」を良く考えて、大阪伝統文化振興と「ワッハ上方」の再経営を含めた施策を訴えて実行を約束してほしい。
以上

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