2015年11月13日

◆難民・移民受け入れのリアル&リスク

平井 修一



郊外のわが街に白人男性が目立つようになった。中韓北の人は外形では分からないが、もっと増えているかもしれない。この白人はほとんどスマートで、肥満型の米国人とは違うようだ。英国人か豪州人かもしれない。街には社員寮がいくつかあるので、彼らは母国から日本に赴任してきたのかもしれない。少なくとも難民・移民ではないだろう。

難民・移民の受け入れの是非は議論されているが、リベラル≒アカは賛成、愛国保守派は反対のようだが、小生は「高度な人材は受け入れ、単純労働者は反対」である。

しかし、高度な人材なら母国で就労し、それなりの待遇を得ているだろうし、チャンスを求めるのなら米国あたりへ行くだろうから、小生の論も現実的ではないかもしれない。

ブログ「argusakita」11/10「そんなに都合のよい移民ばかりが来るわけではない」から。

<河野行革相(何故、氏が大臣に?)が『名目GDP 600兆円』達成のための手段の一つとして、移民の受け入れを検討すべきだとの考えを披露したそうだ。同時に『この問題は時間もかかるし、感情的になりやすい』と指摘し、十分に議論を尽くすべきだとも発言したそうだ。

日本での(技術的・制度的)制約が理由の一つで海外に拠点を移した筆者にしてみれば、窮屈すぎる日本のビジネス・技術環境は未だに大きな変化は無く、そこだけを見ても技術革新につながるような高度な人材が日本を目指してやってくるとは到底思えない。

法人レベルで考えてもどんなに地方が立地条件緩和や優遇税制等で“おいでおいで”してもほとんど魅力が無いのが現状の日本だ。ビジネスとしては地方に移転・立地するなら明らかに海外に移転・立地したほうが得だからである。

つまり、日本が望む移民といった場合には、理想的には購買力があり高度人材ならばWelcomeだろうが、それと同時に低賃金であって欲しいという(土台無理な)要求を満たしてくれる移民というのはあり得ない。

(多少、移民と難民を混在して書けば)欧州では現在、多数の政治難民とそれを遥かに上回る数の経済難民に対して感情的な同情論はだんだん少数派となり、後者の難民認定できない連中は例え幼子を抱えていても強制退去、母国送還が原則になってきている。

当初ドイツのメルケルが言っていた『道徳論』も『ドイツの道徳押し付け主義』と国内外から批判を浴び、結果欧州全体では『道徳』面で善し悪しを別に『対処』の足並みを揃えようとしている。当然ながら、いわゆる『人権派』の声もトーンダウンしてきていると感じる。

難民キャンプの苦情や小規模暴動、衛生状態、既存の住民との軋轢、福祉のFree Ride、密航ビジネスや犯罪が顕在化してくれば『道徳論』など吹っ飛ぶのは誰もが予想したことだ。

受け入れた難民の中にも母国では手に職を持って立派に働いていた連中も先進国に来るとその職を生かすことはできず(資格や技術レベルの問題で)、別の職業の低賃金労働の環境で甘んじなければやっていけない現実がある。

ドイツにあるミニジョブ(非正規・パートとは違う実験的な最低保証制度)の制度でも、そのうち低賃金労働者はさらに追い込まれ、居住地域はスラム化しそうな予想が一般的だ。生活物価を考えれば当然の帰結のはずだ。

難民は『夢』を持ってやってくるが、移民先でそれが実現可能かどうかはすぐにわかることで、日本では例えば介護・看護などは資格が厳格な必要だし、土木・建設現場でもそれなりの資格が無い限り底辺労働者からは抜け出せない。

例え母国で大卒で何らかの資格があっても、日本のかなり厳しい『高度人材ポイント制による出入国管理上の優遇制度』などでは母国並の生活水準は相当に困難なはずだ。先進国に行けば農業などの一次産業以外が待っていると『夢』を見ているはずなのだ。

低賃金労働者をザクッと入国させた場合、彼らがその底辺で大人しく暮らすならそれはそれで成り立つはずだが、多少なりとも向上心があり学歴や職歴があるなら高賃金を目指すはずで、企業側から見たらより低賃金の労働者を求めどんどん使い捨てで入れ替えを行っていくだろう。職にあぶれた移民が増えていくのは目に見えている。

例えば、そういった移民が母国でやっているように屋台風な飲食自営業(ケバブ屋など)などを始めようと思っても、日本の社会は規制・法令(自治体・警察・保健所等)で雁字搦めのため簡単ではない。住む場所についてもそうだ。日本では勝手に空き地に小屋を作って住むことは山奥以外あり得ない。

特に犯罪者ではなくとも職を失ってもなお日本を出て行かない集団は必ずコミュニティを作る。スラム化し、徐々に治安に影響を与える。

教育、福祉、医療で移民もカバーしようとしたら『大きな政府』がより肥大化していき、消費税もどんどん上げざるを得ないだろう。下手をすると移民にかかるコストが倍返しになって跳ね返る可能性すらある。

大人しく日本の社会に溶け込み、日本的ルールを守り、独自のコミュニティを作らず、小奇麗な格好をし衛生的な生活水準で暮らし、税金も払う。しかし彼らは低賃金でないと困る・・・といった相反する現実的に困難な条件を日本や日本人が希望しても、そんな都合のよい移民・難民がやってくることは決してない。

『こんな移民に来てほしい』などという幻想を持つことは土台不毛である。

戦後、密航で不法に入国し滞在してきた朝鮮人達が今どうなって日本の社会に影響を与えているかをきっちり総括したら、いかに日本の社会が移民・難民に対して準備ができていないかがよくわかるはずである。

国民一人一人の異なる言語や習慣に対する心構えも大きな要因だが、社会の仕組みとして準備ができていない。均質性が強い日本で多文化共生というのは対局にあると言っても過言ではないかもしれない>(以上)

支那人にマンション(1Kが10部屋ほどと思われる)を丸ごと賃貸したら、各部屋に2段ベッドを2つ置き、4人部屋になっていたという。そしてキッチンやバス・トイレの排水パイプが詰まり始めて、大家さんはひどい目に遭ったという。キッチンでも洗髪するし、トイレに生理用品を流す・・・設計上はせいぜい20人用なのに40人が入居し、ルールもなく使うからたまったものではない。

清潔好きで遵法精神が高く、和をもって貴しとなす(農村社会育ちの)日本は(自己主張が強く利己的といった他民族の)難民・移民受け入れには向いていないのかもしれない。(2015/11/12



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