寺田 輝介 (安保政策研究会 常務理事)
本年も6月下旬より8月下旬まで夏休みをフランス・ヴェルサイユ市で過ごすことになった。
7月まではそれなりに賑わっていた街も8月に入ると、多くの店舗がシャッターを降ろし、人通りも少なくなる。本格的なバカンス・シーズンの到来である。フランス政府閣僚も二週間の休暇をとる。わが家のアパートの近くにあり、重宝にしていたパン屋も20日間のバカンス休業に入った。
8月特に目に付くのがヴェルサイユ宮殿に観光客を運ぶ観光バスの急増である。バスの窓越しから見える顔付きは最近とみに東洋系が多くなっていることに気が付く。観光バスの往来を除けば、8月のヴェルサイユ市は休眠状態に入ったようである。
昨年の夏は、悪化の一路を辿ったウクライナ情勢が欧州国民にとり最大の関心事であったが、今年の夏は、殆んど話題になることもなかった。代わってギリシャ債務危機問題が欧州国民に深い懸念を与える重要案件として浮上してきた。
当地ヴェルサイユで観測していた筆者にとっては、ギリシャ債務危機をめぐるEUの動きは、欧州を舞台とする一大ギリシャ・ドラマの展開のように見えた。
以下「ヴェルサイユ便り」をお届けする。
〜EUに対するギリシャ政府の反撥〜
筆者がフランスに着いた時(6月下旬)、現地メディアは次の通り報じていた。
EUに第三次金融支援を求める急進左派チプラス政権とEUとの交渉は当初より難航を極めている。ギリシャ政府は過去2度にわたって、EUの緊急財政支援を受けてきたが、受け入れ条件として欧州中央銀行、欧州委員会、国際通貨基金(「トロイカ」)の監督の下での緊縮財政措置の実施(付加価値税の増税、年金の削減等)を飲まされてきた。
経済の回復は遅々として進まず、経済環境は悪化するばかりであり、ギリシャ国民のトロイカ主導の緊縮財政政策に対する不満は爆発寸前であった。
この様な背景の中で、本年1月総選挙が実施された。反緊縮を掲げる野党の急進左派連合(シリザ)が勝利を納めたのは当然の成り行きであった。かくして急進左派のチプラス政権が誕生した。
チプラス政権がEUに対し激しく抵抗したことは総選挙の経緯から見れば自明の理である。対EU交渉の先頭に立ったのがチプラス政権にあって最強硬路線を主導するバルファキス財務相であった。
当時フランスのメデイアが連日徹底抗戦を試みる同財務相をセンセーショナルに報じていたことが筆者にとり印象的であった。
〜チプラス首相の反撃ドラマ〜
ギリシャ政府は徹頭徹尾EUに抵抗していたが、ギリシャのIMFに対する借款返済期限が6月30日と迫りつつあり、加えてギリシャの財政危機が深刻化しているのを見て、欧州のメディアはギリシャ政府の抵抗も結局のところ軟化するのではないかと観測していた。
しかしチプラス首相は6月26日、予想外の行動に打って出る。7月5日に国民投票を実施し、ギリシャ支援の前提となる財政緊縮・行政改革実施の是非を国民に問うと発表したのである。
当然EU側は反撥、ギリシャとの交渉打ち切りを決定する。チプラス首相の突然の発表は、シヨック・ウェーブとなって、EU諸国を揺さぶり、メディアも興奮ぎみに大きく報ずるところとなった。メディアの関心は、「ギリシャはEUを離脱するのではないか」との点に集中した。
フランスの「ル・モンド」紙にいたっては、7月5日―6日付で「欧州の未来はアテネにかかっている」との見出しの下に一面トップ記事を掲載すると共に、16頁に及ぶ「ギリシャ問題」の大型特集を発行するほどであった。
7月5日の国民投票で、61.31%が「緊縮NO」を投じたことは、1月の総選挙結果から見れば予想通りのところであったが、興味深い点は、国民投票実施前の世論調査(6月28日ギリシャ「トビーマ」紙が実施)で67.8%がEU圏残留を表明したのに止まらず、国民投票後でも70%の残留支持があったことである(7月10付「ル・モンド」紙)。
5日の国民投票の結果が判明するや否や、チプラス首相は、EUに対し外交的ゼスチャーを示すべく、反緊縮の旗の下に極めて攻撃的であり、EUの交渉相手に嫌悪されてきたバルファキス財務相を即日解任し、EUとの交渉再開を求める方針を内外に鮮明にした。(続く)
(元韓国駐在大使・元メキシコ駐在大使)