2015年11月18日

◆ヴェルサイユ便り A

寺田 輝介(安保政策研究会 常務理事)



〜ユーロ圏内の葛藤〜 

 
EUはギリシャの要請を受け入れ、ユーロ圏財務相会合を開くと共に、7月13日にユーロ圏首脳会合開催に踏み切ることになるが、この間の舞台裏を取材したフランス各紙(「ル・モンド」、「フィガロ」、「レ・ゼコ」)の報道振りを取り纏めてご紹介しよう。
 

EUのギリシャ支援をめぐる交渉は、とどのつまり緊縮財政の維持に固執するメルケル首相及び超強硬派のショイブレ財務相と反緊縮を旗印に政権を獲得したチプラス首相との間の激しい葛藤であった。


EU内部にも「南北対立」が生まれた。ドイツの主張に組みするフィンランド、スロバキア、ポーランド等「北」の欧州諸国に対し、イタリア、スペイン、ポルトガルの「南欧」諸国は、経済成長と雇用創出のためには財政支出は止むを得ないと主張し、宥和的態度を執っていた。


無論チプラス首相は、強硬派のメルケル首相に対し、5日の国民投票により強い支持を得た「緊縮反対」政策を錦の御旗に掲げ、徹底抗戦の構えであった。


この相対立する二人の宰相の間に入って「留め役」を演じたのがフランスのオランド大統領であった。フランスの国益は、あくまでもギリシャのユーロ圏離脱を防ぎ、EUの「連帯」を維持し、フランスのEU内の盟主の地位を維持することにあり、この為メルケル首相とチプラス首相との間で仲介役を目指すことになる。
 

オランド大統領は、ギリシャ危機発生以来、メルケル首相と常に密接な連絡をとっていた。欧州メデイアが特に注目したのは、EU首脳会合開催に先立ち、ギリシャの国民投票の結果が判明したその翌日、パリ・エリゼ宮で独仏首脳会談が開かれたことであった。


会談内容については一切報じられていない。筆者の観測では、当然のことながら、オランド大統領はメルケル首相に対しEU連帯の必要性を強く訴え、ギリシャのユーロ離脱を避けるためのドイツの譲歩を求めたと思われる。


もっともフランスにとってもギリシャのユーロ離脱を許せば、市場の次のターゲットがユーロ危機から回復途上にある南欧諸国だけでなく、自国にも向かう恐れがあることもオランド大統領の念頭にあったであろう。


オランド大統領が、ドイツが最後までギリシャに最大限の財政緊縮策の実行を求め、これを受諾出来ないチプラス首相が国民投票による国民の信託を大義名分にユーロ離脱を宣言した場合、その責はドイツが負うことになるとメルケル首相に外交的圧力を掛けたことは想像するに難くない。


一方メルケル首相にとっては、ドイツが独仏関係を基礎にEU連帯の中で指導的地位を占めることが国益であり、財政問題でギリシャをEUから追い出すことはナチス・ドイツ時代の強圧的行為の再現と見なされ兼ねず、あくまでも回避すべきであると考えていたであろう。
 

「留め役」のオランド大統領は、チプラス首相とも密接な関係を維持していた。両者の関係には、同じ社会主義陣営に属するとのイデオロギー上のよしみに加え、地中海文化を共有するとの親近感があると見られる。


報道によれば、チプラスは国民投票実施を発表する直前にオランドに内報したのみならず、7月5日国民投票の結果が判明するや否やオランドに電話を入れたようである。その際オランドはチプラスに「僕は君を助ける用意がある。だが君を助けるためには、僕を助けてくれ」と発言したと言われている(7月7日付「ル・モンド」紙)。

 
ところで、チプラス首相が国民投票実施を決めた政治的動機は、あくまでもEUとの交渉を有利に進めるための「弱者の恐喝」であり、EUを離脱する覚悟は当初よりなかったことである。


既に仏紙「ル・フイガロ」は6月30日付社説で「チプラスの国民投票は、直接民主主義の下にカモフラージュされた政治的行為であり、見せかけである」と喝破していた。(続く)
               (元韓国駐在大使・元メキシコ駐在大使)


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