平井 修一
ISのパリ無差別テロに対する論者の反応は大体3種類だ。
1つ目は「世界が団結してISを殲滅すべきだ」という武闘派。
2つ目は「先進国は自分(とその仲間)たちだけを守るというエゴを捨てて紛争被害者に支援の手を差し伸べよ」という難民同情派。
3つ目は「テロに過剰反応してISを攻撃すればISの思う壺で、IS志願者を増やすだけだ。静観しろ」という日和見派。カナダはこの類だが、「さわらぬ神に祟りなし」という恥ずべき戦線逃亡派だ。
米国保守派はもちろん「1」だが、「2」「3」の戦争を忌避するリベラル派の方が今のところ多いようだ。
古森義久氏の論考『フランスに仕掛けられた「戦争」、日本も対策を パリ同時多発テロの悲劇から世界が学ぶべき4つの教訓』(JBプレス11/16)から。
<米国での具体的な論議としては、まず欧州連合(EU)内の移動の自由などのあり方に対する再考を促すとともに、国際社会がISなど過激派のテロ活動の情報を収集し共同で対策を講じる方法や枠組みについても、根幹から改善を求める意見が出ている。
*世界が学ぶべき4つの教訓
こうした動きのなかで特に注視されるのは、ブッシュ前政権で国務次官や国連大使を務めた保守派論客のジョン・ボルトン氏が指摘した「4つの教訓」であろう。
ボルトン氏はレーガン政権、先代ブッシュ政権でも司法省高官などとしてテロ対策や国家安全保障政策に関わってきた。2001年の「9.11」同時多発テロの際も当時のブッシュ政権の中枢として対応した。
ボルトン氏は米国の複数のメディアで、「フランスの悲劇から世界が学ばねばならない4つの重要な教訓」を発表した。同氏は「世界への教訓」としながらも、実際にはまず「米国への教訓」という見地から論じていた。以下でその内容を紹介する。
【1】長期的かつ詳細に計画された作戦である
今回のテロ攻撃の綿密な計画性、強烈なイデオロギー性を重視しなければならない。米国のメディアの一部にはこの攻撃を「無意味で暴発的な暴力行為」と特徴づけたところもあるが、現実には長期かつ詳細に計画され、強烈なイデオロギーを動機とし、綿密に標的を絞った作戦なのだ。
この攻撃は、オバマ大統領が述べたような「すべての人類や普遍的な価値観への攻撃」ではない。一見、無差別に見えるが、実は標的は「無実な民間人」よりもフランスのオランド大統領に照準を絞っていた。展開が少しでも異なれば、フランスの政府のトップが殺されてしまったのだ。
サッカー競技場という特別な場所で国家元首の命を奪おうとする意図はおよそ「無差別」とは異なり、今後も他の国の指導者に同様の攻撃が実施される危険性が高い。
【2】主権国家に対する戦争行為と捉えるべき
今回のテロ攻撃を刑事犯罪のように捉えて、実行犯を逮捕して裁きにかけるという認識は捨てて、主権国家に対する戦争行為と見なければならない。
オバマ大統領はテロ実行の個人や組織を「公正な裁きにかける」と言明したが、その前提に、今回のテロ攻撃は「法律を破った刑事犯罪」だとする認識がにじむ。だが現実には、オランド大統領がすでに述べたように、主権国家に対する戦争行動に等しいのだ。
だから今回の攻撃への対応は、テロを起こした特定対象を逮捕して訴追することでも封じ込めることでもなく、脅威全体を破壊してしまうことでなければならない。国家として、戦争への対応に等しいメカニズムを機能させて反撃することが求められる。
【3】インテリジェンス活動の再編成を
今回のテロ攻撃でいやというほど明らかになったテロ組織の危険な活動に対するインテリジェンス(諜報)のあり方について、国家レベルで徹底的に再検討を始めなければならない。テロ活動に関する効果的な情報収集や活動阻止の方法を再編成する必要性が今回の事件で立証された。
米国では9.11後の対テロ戦争の展開の過程で、インテリジェンス活動に対する批判や非難が政治性を帯びて、一般国民レベルでも批判の声があがるようになった。現在、米国ではインテリジェンス活動に「市民の自由」を阻害するための意図があるかのような誤解や、インテリジェンス機関自体への誤解が広まっている。その是正が図られなければならない。
【4】国家安全保障の観点から移民・難民対策を
米国でも欧州でも、今まで以上に国家安全保障の観点を取り入れて、移民や難民の入国管理を行わなければならない。
今年はじめから米国政府機関は、数千人単位の米国人やEU各国の国民がシリアとイラクのIS支配地区を訪れていたことを察知していた。それらの人々の多くがISからテロ攻撃の訓練を受けて、再び母国に戻っている。
現在、EU圏内に入ろうとする中東やアフリカの大量の難民の中には、明らかにISの同調者が多数含まれている。これまでのように人道主義や経済的配慮だけではなく、国家安全保障の要因をこれまで以上に取り入れて移民・難民対策に取り組まなければならない。
ボルトン氏は以上のような「教訓」を述べたうえで、米国がテロ対策を議論して実行に移す最適な機会は、いま展開されている2016年大統領選挙の予備選キャンペーンだと強調した。
これまでは大統領選において「有権者の大多数は国家安全保障への関心が低い」と考えられてきたが、今回のパリでの惨劇はその認識も変えるだろうし、変えるべきだ、とボルトン氏は唱える。
こうした米国にとっての教訓は、日本にもその多くが適用できるのではないだろうか>(以上)
ボルトン氏の「このテロは刑事事件ではない、これは戦争だ。脅威全体を破壊しなくてはならない」ということに小生は大いに賛同する。ISが生きるのか、それとも我々が生きるのか。ISが破壊されるのか、それとも我々が破壊されるのか。
敵を甘く見て備えと攻撃を怠れば、ISは強烈なスピードで西側への攻勢を強めるだろう、この1年でイラクとシリアでやったように。我々は彼らを上回るスピードで攻撃し、同時に戒厳令を布いて、国境監視を強化し、祖国を防御しなくてはならない。
日本は世界のためにどのような貢献ができるのか、戦略戦術を早急にまとめるべきだ。憲法をいまこそ高く掲げよ。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」
GHQもいいことを言う。9条教徒よ、憲法を実践せよ、IS殲滅を、イラク三バカに続け、靖国で会おう、イザ!(2015/11/23)