大江 洋三
最近、GHQにやられた史観を目にすることが多い。
その通りだが、残念ながらGHQの占領政策は戦勝国として当然の権利でもある。日本も台湾や満州を占領統治した経験がある。
朝鮮半島は?占領地ではなく事実上の保護地であった。
真の問題は、日本の階級闘争史観とGHQの容共派(ケーディス大佐)が結び付いたからだ。
台湾や満州経営は階級闘争史観と全く無縁だった。
一方の、日本には既に占領軍を「解放軍」として迎えた連中がいたし、手平を返すように真っ先に占領軍を迎えたのが朝日新聞である。お陰で、1951年の講和条約で主権を回復したものの、占領軍がいなくなって逆に階級闘争史観は蔓延した。
歴史は下記のように進歩すると考えたので、彼等を進歩的文化人と称する。
原始共産社会→古代奴隷制時代→中世農奴制時代→近代資本主義時代→共産主義時代。
時代は生産手段を保有する階層が、その他大勢(人民)を疎外・抑圧する関係により一義的に決まる。
奴隷制時代は生産手段が奴隷で同時に被抑圧者。封建農奴時代では、土地が生産手段で農民が被抑圧者。資本主義時代は機械設備が生産手段で労働者が被抑圧者。共産主義社会では、あらゆる生産手段を人民が共有し被抑圧者はなし。
時代は常に、生産手段の保有階級と、それに抑圧される側の階級を生む。この間の軋轢を階級闘争という。
さすがに拙いと思ったのか、現代では資本主義と共産主義の間に、民主・社会主義という訳の解らないものが入って来た。おかげで、社民系はいつも共産党に格下扱いをされている。
この下部構造の上に政治や文化が成るという考え方で唯物史観ともいう。この場合、疎外・抑圧と搾取は同じ意味で、マルクスの階級闘争史観の根幹である。
革命は上の矢印を一飛びする行為をいう。
こうして、被抑圧者の農民や労働者の解放を説いた。
人権派弁護士の死刑廃止論を聞いていると、資本主義という悪辣な下部構造から成り上がった国家権力が、人民を殺すことになるから廃止せよという。同様の理屈で憲法は「国家権力を縛る」ものだという。
この論によると、農民・労働者を搾取する階級は、国内を搾取し尽くすと海外の搾取を目論む。
こうして、資本主義は必然的に海外侵略(帝国主義)を内包することになる。かくして、歴史学は進歩主義科学になった。
やがて彼等は朝鮮や満州を侵略したと妄想する。
現在の資本主義を、資本が労働を搾取すると本当に考える進歩派はいないと思うが、政治的には都合の良いドグマで「侵略」だけが残った。
数十数年前の我々の高校世界史では、朝鮮併合、満洲事変、シナ事変と習った。満洲進出、華北(北支)進出と教わった。
それが我慢できなかったのが、進歩派である。
かねてより抱いていた彼等の不満が爆発した事件がある。ウイズペギを丸写しすると、
1982年(昭和57年)6月26日、大手新聞各紙および各テレビ局は、「文部省が、教科書検定において、高等学校用の日本史教科書の記述を(中国華北に対する)“侵略”から“進出”へと改めさせた」と一斉に報じた。以上当時、「諸君」の愛読者だったので経緯はよく知っている。渡部昇一氏が「万犬虚に吠える」と題して、文部省が改めさせた事実ないと大誤報を指摘した。
一面トップで誤報を認め謝罪したのが産経新聞である。
残念ながら、虚を突いて早速シナ政府が咬みついてきて「侵略」が政治用語になり今日に至る。その内、「支那」は差別的用語だから中国にせよとなった。
日本に「中国地方」があるとは外務省チャイナスクールは云えなかった。それだけが理由ではないが、「あんな外務省は潰してしまえ」と屋山太郎氏は言った。
回りにも、物事を善・悪二元論に嵌めこむ人達がいるが、本人達は何に依るものか気づいていないようだ。それぐらい階級闘争史観は底に根を張っ
ている。
昨年の朝日新聞第三者検証委員会のメンバーの一人に、東京大学大学院情報環教授の林香里氏(52)がいる。
最後の各委員の感想の段において、氏はおおよそ次のように述べている。「朝鮮半島を侵略し搾取したことが、全く考慮されなかったのは残念である」
要するに朝日社論の防衛をしているのだ。
この種が、大学の文系やメディアの中枢を担っていることは何度指摘してもし過ぎることはない。
財務省が大学の文系を小さくしようとしているが、当然である。科学もどきの文系があるはずがない。