2015年11月27日

◆「イスラム教」早分かり(1)

平井 修一



言論は本質的に「拡散」を望むものである。どんどんコピペされ、あちこちに拡散され、それなりに読者に影響力を与え、共感を得ることができれば、発信者はとてもうれしい気分になる。

コピペは著作権法に抵触する恐れがあるが、一般的にマスコミ界では「コピペは記事全体の40%ほどにとどめた方がいい」と言われているが、小生の場合は「いろいろな論考を紹介する」のがブログの目的だから、80〜90%はコピペになってしまう。

ただ、著作権法で規制しているのは「商売のための流用」で、小生は一種の趣味、個人的なブログ(日記)への流用だから著作権法の枠外だ。だから小生のコピペは法律的には問題ないが、コピペだけでは価値というか芸がないので、自分の考えをできるだけ添えるようにしている。

それにしても昔の本はテキストデータになっていないから、甲斐静馬著「中近東」(1957年初版、1970年改定版)の紹介はずっとできずにいたが、イスラム教の紹介が実に(小生のような素人に)分かりやすいので、「これは面倒でも入力するしかないなあ」と挑戦することにした。

以下、何回かに分けて紹介する。(加齢とともに根性がなくなってきたので自信がないが、英霊に恥じないようにフンバルしかない・・・)

*イスラム教

イスラム教とは西暦紀元第7世紀にマホメットの始めた厳格な一神教で、仏教、キリスト教と並んで世界3大宗教のひとつであり、今日、アジア、アフリカに数億の信徒を擁する。

特に中近東では不動の地位を占め、過去300年間にわたって重大な影響を及ぼしてきた。

イスラム教はわが国では回教、またはマホメット教と呼び馴らされているが、イスラム教というのが正しい。

*マホメットとイスラム教

教祖マホメットは生年不詳であるが、紀元570年ごろメッカの名家に生まれた。(しかし)早くから両親を失って孤児となり、つぶさに人生の辛酸を舐めつくした。

25歳の頃、富裕な未亡人と結婚、(以後)10数年、平凡で幸福な市民生活を送ったが、40歳の頃(西暦610年頃)、神の啓示を受けてイスラム教を始め、「最後の、最大の預言者」として、632年に死去するまで布教に全力を傾け、イスラムの基礎を確立した。

マホメットの生まれた当時のアラビアは、いくつもの部族共同体に分裂し、互いに反目と抗争を繰り返していた。

<平井:ヘディン著「シルクロード」によると、支那は1911年の清朝崩壊、中華民国建国から中共が全国制覇する1949年までそういう状態だった。民衆はひたすら安定した治安を求め、青天白日旗や紅旗、軍閥の旗などを状況に合わせて掲げたという。

いろいろな記事によると、「強くてお行儀のいい日本軍は日の丸の旗をもって大歓迎され、ずーっと駐留してくれと地元自治体から懇請された」そうだ(古野直也著「張家三代の興亡」)。当時の支那人は今のシリアやイラクのようなカオスにうんざりしていたのだ。閑話休題>

各部族の間では、それぞれの部族神あるいは偶像崇拝は盛んに行われていた。また、この中心地のメッカでは、奴隷売買などによる隊商(キャラバン隊)商業と巡礼で巨富を積んだ貴族と、債務奴隷の常態に置かれた市民の貧富の差がますます大きくなった。

このために経済的、社会的不安が激化し、アラビア社会は重大な危機の真っただ中にあった。

こういった状態の中でマホメットがユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教などの影響下で唱えた厳格な一神教は、部族の神々をすべて否定し、同時に個々の部族の血による共同体概念を排し、アッラーへの帰依の形でアラブの民族的統一を可能にした。そしてこの民族的統一を基礎として「アラブの征服」が行われた。

イスラムはアッラーを信ずる者は、血統、身分の上下、民族の差別なく、まったく平等の教友として結合することを許した。イスラムが世界的大宗教として発展した根本原因は、まさにここにあった。

H.G.ウエルズはイスラムの特長として、第一は「妥協することを知らぬ一神教」であること、

第二はイケニエを司る僧侶や寺院がまったくなく、「血のイケニエに堕落する可能性のないまったくの預言宗教」であること、(平井:預言とは神の言葉を伝えて人々を正しい方向へ導くこと。導く者を預言者という)

第三は「神の前ではすべての信者が肌の色や素性や身分のいかんを問わず完全な兄弟で平等だ」と主張していること、

の三つを指摘している。

こうしてアラブの征服とともに、イスラムは近隣の各地から遠く北アフリカ、アジアへと拡がり、ついに世界三大宗教のひとつとなった。

同時にこういった積極面とともに見落としてならないのは、イスラムが支配階級の道具となり、「社会的、経済的不平等を正当化」し、「搾取的機構の設定を容易にする」という消極的な面ももっていたことである。イスラムが帝国主義に利用されるに至ったのは決して偶然ではない。(続く)
(2015/11/26)

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