2015年11月28日

◆「イスラム教」早分かり(2)

平井 修一



甲斐静馬著「中近東」の紹介を続ける。(甲斐静馬なんて格好良すぎる名前だ。世が世なら一国一城の殿様や地域の覇者になっていそうである。閑話休題)

日本人はイスラムとなじみが薄いので、その概要を説明しておこう。

信仰とは、神、天使、経典、預言者、来世、天命の六つを信ずることを指し「六信」という。(神と天使を一つにして「五信」とも)

・神(アッラー):全知全能の絶対神、宇宙の原動力で、天地間のあらゆるものの支配者。イスラムはアッラーのほかにいかなる神の存在も絶対に認めない。

・天使(マラク):アッラーに仕える清浄な霊魂。天使は多数いるが、もっとも貴いとされているのは「四大天使」である。

・経典(キターブ):アッラーが天使ガブリエルを介し、それぞれの時代に示した天啓(神の教え)の記録の集成をいう。

これは全部で104巻あるが、そのうち最も神聖なのは、モーセに与えられた『五書』、ダビデに与えられた『詩篇』、キリストに与えられた『バイブル』、マホメットに与えられた『コーラン』である。

イスラムはコーランがこれら経典中で特別な地位を占め、コーラン以外の経典は天啓の一部を伝えるにすぎないが、コーランこそは天啓の完全な記録であると主張する。

・預言者(ナビー):アッラーが真意を人間に伝えるために送った人を指す。預言者のうち最も偉大なものは、アダム、ノア、アブラハム、モーセ、キリスト、マホメットの六人、その中でもマホメットこそは最大で最終の預言者であるというのである。

・来世(アーラキラット):イスラムでは現世の次には来世があると考える。イスラム教徒は現世で生を終えたものは、アッラーから「最後の審判」を受け、善人は極楽浄土に導かれ、悪人は地獄に落とされると信じている。

・天命(カダル):アッラーは宇宙の力の根源である、万物の生滅は神の御旨による、どんな小さなことでもすべて神意によるとする。

さて、教徒の勤めである勤行は、信仰の告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼で、五行という。

・信仰の告白(シャハダ):「アッラーのほかに神なし、マホメットはその使徒なり」と信じ、絶えずこれを口に唱えること。

・礼拝(サラート):最も大事な勤行で、毎日決まった時間に五回、礼拝を行わねばならない。まず身を清浄にしたのち、メッカの方角に向かって礼拝する。一週のうち金曜日は神聖な日で、モスク(礼拝所)で公式な礼拝を行わねばならない。

・断食(サウム):イスラム暦九月ラマダンに一か月間にわたって行う断食を言う。これは、マホメットがメッカ郊外のヒラーの洞穴で一カ月間断食苦行したのち、アッラーからコーランを授かった時の苦行を偲ぶためのもので、この期間は日の出から日没まで完全に断食しなければならない。

・喜捨(ザカート):礼拝に次ぐ重い勤行で、神への奉仕として貧者に恵むとともに、教団の相互扶助の意味もある。義務的なもの(ザカート)と任意的なもの(サダカート)の二種類があり、第一のものには詳細な規定があるが、、金銭または現物の場合だと、一年の収入の1/40に決められている。

・巡礼(ハジ):勤行中、最も重大なもののひとつで、イスラム暦の第十二月にメッカの霊場「カーバの神殿」に参詣することである。メッカ巡礼を無事終了したものは「ハジ」の称号を得て、特別のターバンを巻くことが許される。(次号に続く)

平井思うに、イスラム教はずいぶんと面倒臭い宗教だ。眠っている時以外は常にイスラム教のことを心に刻み、「アッラーのほかに神なし、マホメットはその使徒なり」と繰り返しているのではないか。二六時中、洗脳シャワーを浴びている感じだ。

小生のよう八百万の神の国で育って「宗教の教えは賢く生きるための知恵、一種の方便だ」としか思わない者にとってはイスラム教は理解しがたい。多分、世界中の多くの人は困惑し、イスラム教徒でさえ自国や周辺国の憎悪と破壊の現状を見ながら戸惑っているのではないか。すべてはアッラーの神意、神の与えたもうた試練だなんて割り切れるものではないだろう。

世界はイスラム教に振り回され続けるのか、それともイスラム教が自己改革するのか・・・1000年以上も続いてきたものが50年、100年で変わるはずはないのか・・・「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら無差別殺戮をする・・・世界の悩みは募るばかりだ。(2015/11/26)

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