2015年12月04日

◆親日国ミャンマーに注目を

平井 修一



笹川陽平氏のブログ10/7「ちょっといい話その55 ミャンマー・ティラワ経済特区」から。

<9月23日、ミャンマーのテイン・セイン大統領の念願であったティワラ経済特区の第一期工事完成祝賀会が、麻生太郎副総理・財務大臣ご出席のもと、盛大に開催された。

2012年、日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長は、人生最後のご奉公はミャンマーの発展に尽くすことだと覚悟され、旧知のテイン・セイン大統領を説得して山手線内側の40〜50%に相当する2400ヘクタールの広大な荒れ野の開発を、当初大統領が計画していた日本、中国、韓国3カ国による分割案を日本単独に翻意させた。

現職大統領に対し、ある時は2時間半も会談して説得にあたった。世界広しといえども、現職大統領にこれほど頻繁に会談した民間人も珍しい。

大統領は、2015年までにミャンマー国民に見えるように開発を進めてほしいと、再三再四渡邉氏に熱望された。軍事政権から民主化に舵を切ったミャンマーは、大統領の熱意に反して人材難は勿論のこと、法律の整備もできていなかった。

渡邉氏に同行して現場を見学した折、荒涼とした大地に立って、大統領の思惑通りにはいかないだろうなと実感したものである。

しかし、結論を申せば、紆余曲折はあったものの、渡邉氏の獅子奮迅の活躍で、見事、計画を達成した。

第一次計画は、短期間のうちにほぼ完成となり、第二次開発計画の調印式もおこなわれた。第一次計画では約3万人の直接雇用が確保され、下請け、孫請けの企業を含めると約10万人の雇用が確保されることになる。

戦前、アジアで最も豊かな国であったミャンマーは、政治の混乱からアジアの最貧国になってしまった。しかし、大統領の民主化政策は、今や国際的にも評価され、外国からの投資も活発で、近い将来、アジアで最も豊かな国になることは間違いないことである。

豊かな人情味あふれる国民性は日本人と同様で、アジアで唯一、反日教育も行わなかった親日国であったと、渡邉氏は熱意を込めて語ってくれる。
昨年来日したアウン・ミン・フライ国軍司令官も、ミャンマー国軍創設に関与した通称「南機関」の鈴木敬司陸軍大佐の墓参をしてくださった。

話はそれたが、テイン・セイン大統領が7月に来日された際、安倍首相との首脳会談の後、日本財団と日本ミャンマー協会との共催で、主に企業の関係者を中心に開催された歓迎会に出席された。

その席で大統領は、切々とミャンマーの現状について語り、日本企業の進出と投資を要請された。

私は大統領の挨拶を受け、企業にとって最後のフロンティアは親日国ミャンマーであること。大統領の民主化へのご努力、そして、アジア最貧国からの脱出のため日夜努力されている話しをして、

「ご出席の皆様は大統領の挨拶をどのようにお聞きになりましたか? 企業家の投資にとっての最重要課題は、その国の政治と社会が安定していることではないでしょうか。

ミャンマーはもう軍事政権に戻ることはありません。政治犯の釈放も完了して報道は自由化されました。1988年の学生運動を機に市民社会も成長しています。

是非、最後のフロンティア・ミャンマーに、皆さん!! 積極的に投資して下さい。万一損が出た場合は、不肖・笹川陽平が全額返済いたします」と、獅子吼した。同席した二、三の大臣からは「感動した」と褒められた>(以上)

笹川良一氏はいい息子を持った。陽平氏はずいぶん以前からミャンマー支援に携わっていたようだ。ウィキによると――

<2012年6月11日、日本国・外務省は、かねてよりミャンマー国内で様々な活動をしてきた笹川をミャンマー少数民族福祉向上大使に委嘱。軍政時代からミャンマーで、ハンセン病対策、伝統医療品の普及、小学校建設などを支援してきた実績が評価された。

特に辺境地であるシャン州に小学校建設を計画した時は、少数民族が対立する同地域で学校建設が成功するわけがないと、専門家は失笑したが、200校完成した。今後は、宗教対立が激しいラカイン州に200校の建設も計画している。

同国の民主化は世界が注目するなかで、日本の外務省としては笹川の幅広い人脈を活用したいとの思惑がある。軍政時代、トップのタン・シュエ大統領(当時)とはヤンゴンで何度も会談。

またテイン・セイン大統領とは2012年4月来日の際、同大統領からの要望により東京で会食するなど、政府や外務省に頼らず、民間独自で行ってきた各事業を通じて、要人との信頼関係を構築してきた。

現在日本国内で、同大統領やスーチーと簡単に会えるのは笹川だけとも言われる。中国、シンガポール、韓国などに比べ大きく出遅れた感が否めない日本の経済界は「アジア最後の経済未開拓市場」との呼び声も高いミャンマーにおける笹川人脈を期待している。

2013年2月19日の閣議において、ミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命することが決まり、2月25日、外務省で内閣辞令書交付が行われる>(以上)

陽平氏に比べると、同じ人間とはいうものの、口先だけで「平和」を唱えて、中共詣で、あるいは国連詣でで日本を罵る翁長雄志のようなアカどもの下劣さと比べると、雲泥の差がある。品格が違う。人間とサル、月とスッポン。学ばざればすなわち昏し、というこだ。

山本夏彦翁曰く「社員が5人いるとすると、1人はできる奴、2人は並、1人はあまりできない。最後の1人は何をしているかというと、みんなの足を引っ張っている」。サルは邪魔なだけ、早くサルべし、中共へ帰れ。

ミャンマーは少数民族との対立も和解へ向かいつつあるようだ。産経10/5「ミャンマー武装勢力、半数が15日に停戦署名へ 実績作り優先」から。

<ミャンマー政府と少数民族武装勢力の一部は5日までに、停戦協定の署名を今月15日に行うことで合意した。政府は交渉相手全15組織との署名を目指したが、11月8日の総選挙前の実績作りを優先し、7組織との和平を先行させる>

最後に苦い話もせざるを得ない。在香港の村尾龍雄氏がブログ11/30で、政権を掌握したNLD(国民民主連盟。National League for Democracy)の経済政策を担当する幹部の話をこう伝えている。

<11月8日の総選挙前から、日本以外の様々な国家の大使や世界的企業幹部はNLDを頻繁に訪れ、意見交換をしきりに求めてきましたが、そこに日本の大使や日本の世界的企業幹部は含まれていませんでした。

日本の技術、日本という国家の品性、日本人の真面目さはNLDのみならず、USDP(連邦団結発展党。The Union Solidarity and DevelopmentParty)、国軍及び一般公務員での評価が極めて高い一方で、

機を見て敏に動くということをしない、結論を出すまでの時間がかかり過ぎるという悪弊がつとに指摘されており、このミャンマーから見る最大の欠点さえ克服いただければ、日本はミャンマーの最大の友好国の1つになるという個人的期待がある反面で、

総選挙前に見られる他国との対応の相違に鑑みれば、ミャンマーの発展が待ったなしの状態にあり、速度こそ命であるという国情に鑑みて、このままでは友好関係構築競争で欧米諸国及び中国の後塵を拝する結果に必ずなると確信しています。

今こそ日本は世界中で指摘される慎重すぎる、真面目すぎるが故に導かれる意思決定の速度の余りの遅さを克服し、「完璧さよりも緻密を極めた周到さよりもスピードこそ現在のミャンマーの求めるものなのだ」という点を最大に理解し、win-winの関係の構築ができることを心より期待しています。

多数の地域住民が居住する街に隣接する形で火力発電所を運営できる日本の高い技術にはNLDも期待を寄せており、これは電力政策に限ったことでは決してないのですけれども、繰り返し、スピードが相対的に著しく遅いとなれば、現在のミャンマーは技術的に劣るとしても、他を選択せざるを得ないことにだけは最大限の留意をお願いできればと思います>(以上)

熟慮断行もいいけれど、拙速、応急処置でもとにかく有効ならいいという場合もある。親日国が安定、発展に向かうことは日本の国益にもなる。小生は記事を書くこと以外には何もできないけれど、ミャンマーを応援したい。(2015/11/30)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。