2015年12月05日

◆植物状態からの回帰

 川原 俊明(弁護士)

交通事故の恐ろしさは、現実に被害を受け、後遺症に苦しんだ人でないと、なかなか理解できません。車社会では、便利さが優先される反面、一つ間違うと、車が他人を傷つける凶器ともなり、鉄の棺(ひつぎ)にもなり得るのです。

予期せぬまま、他人の過ちにより、一瞬にして人生に終止符を打たれ、あるいは、何十年にわたり精神的肉体的苦痛を負わせられる現実。これらが如何に不条理なことか。

現在の法制度の下では、交通事故紛争では、治療費や車両損害など、目に見える実損害の補填が原則的です。慰謝料という名の精神的損失補填は、裁判所の基準があるにせよ、欧米に比べれば、まだまだお涙程度です。被害者は明らかに損をする。これが現実です。

これに関して「慰謝料という名の精神的損失補填」を巡ることを思い出しましたので、改めて記述したいと思います。


さて、依頼者のS夫妻には、大学生になった最愛の1人娘がいました。その娘がこともあろうに交通事故被害者となり、文字どおり、瀕死の重傷を負ったのです。娘さんは、一命を取り止めたものの、重度の被害者となりました。一時は、意識が全くなく、植物人間として一生を終わりかねない状態でした。

ベッドの上で、かろうじて息をするだけの娘さん。食事・排泄など、生存に必要な行動は、一人では、何もできない状態です。ご両親のS夫妻は、娘さんの現実を突きつけられ、娘さんの介護にその後の人生を賭けることを決意。

S夫妻は、今までの職場や仕事をすべて投げ打つことになったのです。1日24時間の介護なくして生きられない娘さんを前にしたご両親の決断には、心を打たれるものがありました。

客観的には、娘さんの命と、S夫妻の早すぎる退職との引き替え。それだけに、ご両親の決断に頭の下がる思いがしました。S夫妻にとっても、藁をもつかむ思いだったのでしょう。娘さんのために、少しでも回復手段があれば、どんなに高額な治療法であろうと、借金をしてでも、それに頼ろうとしてきたのです。

その1つが、「脊椎御策電気刺激療法(DCS療法)」。DCS療法は、頸髄背側に挿入した電極で患者に電気刺激を与えて、脳や末梢神経を刺激し、意識の活性、除痛、筋緊張の緩和を図る治療法です。もちろん健康保険で使える治療法ではありません。

わかりやすく言えば、毎日一定の時間、患者に対し、持続的に電気刺激を与える、という治療法です。植物人間状態、あるいは、それに近い症状といわれる遷延性意識障害患者。この人達に対するDCS療法の臨床症状改善率は44.3%でした。

これを聞きつけたS夫妻。約1000万円もの借金をして、娘さんに、この治療法を試みたのでした。当初、保険会社は、このような高額医療は、交通事故と因果関係がないとして一切の支払を拒否しました。

その結果、S夫妻は、その借金の返済に負われる事態に陥ったのでした。娘さんの自由を奪われ、しかも多額の借金を抱えるS夫妻。

私は、S夫妻の窮状を見かね、この分野の権威であるY医師を訪ねました。Y医師からDCS療法の内容および有効性について教授を乞い、資料や文献を借りて、研究成果を裁判に活かすことにしました。

Y医師によるとDCS療法の有効例は、若年者であること、頭部外傷により植物症となった場合であること、早期治療の場合であること、脳全体の萎縮が顕著でないこと、障害領域が広範囲でないこと、などの要件を満たす場合ということでした。

娘さんは、幸いなことに、有効例とされる要件をすべて満たしていました。療法開始後1か月。ついに、奇跡が起こったのです。

いままで、生活反応が全く見られなかった娘さんに、開眼、追視、笑顔が出てきたのです。その後も、徐々に回復が見られ、手指を用いての若干の意思表示ができるまでになりました。

そして、朗報がやってきたのです。

それは、S夫妻と娘さんを原告として提訴した交通事故に基づく損害賠償請求訴訟の判決において、DCS療法の有効性が認められたのです。その結果、DCS療法にかけた巨額の治療費負担が、交通事故との因果関係のある損害の1つとして認容され、保険会社から支払を受けられるようになりました。

この判決は、まさに画期的な先例となりました。まず交通事故被害の中でも、最も深刻な植物症に陥った人や、その家族に光を与えることになったのです。

同時に、DCS療法の数多くの臨床例の重りが、治療法の改善に結びつき、さらなる医療の進歩を遂げることになったからです。
 
今回の事例は、交通事故被害救済の一つですが、他の被害者の救済にも大いに目を向ける必要があります。そして何よりも、「被害者が損をする社会そのものを是正」しなければなりません。法改正あるいは法解釈の弾力化により、弱者救済を図り、公平な社会を築く必要があります。(了)    

(弁護士法人 川原総合法律事務所)



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。