2015年12月08日

◆「平静の人」北の湖を偲ぶ

山内 昌之



亡くなった日本相撲協会の北の湖理事長は、角界だけでなくどの道に進んでも周囲の人びとに頼られ、物事を着実に解決しながら、事業を成功に導ける人物であった。

それは、北の湖が平静の人だったからだ。かち上げで相手をのけぞらせる雄姿や巻き替えの躍動感が今でも瞼(まぶた)に浮かぶ。一代年寄になってからも日常生活の心ばえは変わらず、組織の運営に冴(さ)えと安定感を示し、2度の理事長職を経験して円熟した人間味を増していった。

私は横綱審議委員として、相撲をめぐる不祥事が多発したときに、関係者を戒飭(かいちょく)し自省しながらも、確実に難事を処理して角界をまとめあげた北の湖の現実的手腕を評価する。

一方、理想的にすぎる現代の価値観を相撲に期待する人びとには満足できない面もあったはずだ。現役の時にも、負けた力士に手を差し伸べない北の湖は囂囂(ごうごう)たる批判にさらされた。

しかし早熟の天才北の湖からすれば、土俵の敗者を憐(あわ)れむよりも、そのプライドを守り名誉を重んじる道こそ相撲の本質だと考えたのだろう。現実に北の湖理事長ほど、引退後の力士の生活や親方らの処遇に心を砕いた人は少ない。

北の湖は平静の人であったが、その資質は公的にも個人的にも、仕事の量や範囲を削って得られた人為的結果ではない。平静さを得るには何もしないのがよいと考える人もいる。しかし、深刻な不祥事で鼎(かなえ)の軽重を問われた国技を蘇生(そせい)させるために、北の湖は逆の道を進んだ。

それは、1世紀のギリシャ人哲学者プルタルコスが紹介したように、何もせず心の平静を得るために、さながら病弱な人に床の中にじっとしていよと忠告する類の教えを、北の湖が受け入れなかったことだ。

反対に彼は、多くの仕事をしても平静な心を維持できる非凡な能力を証明した。義務感や責任感の赴くところ、床の中にじっとして自分の身を守る道をとらなかったのは悲劇の第一歩でもあった。


相撲協会の公益法人化という一大事業をなしとげた人物は、そこに満足せず、土俵の充実、力士の待遇やモラル改善など次の課題にすぐ取り組んだ。

プルタルコスは、心が平穏か失意にくれているのかを決めるのは、手がけている仕事の量の多寡よりも、内容が立派か劣悪かにかかっていると看破した(『モラリア』6)。

北の湖は仕事の量もさることながら、博多の地で倒れるまで現職理事長として病苦を押して働き続けた。そのような仕事への姿勢と内容の誠実さは、日本相撲史と人びとの記憶に長く残るに違いない。

ひつぎに納められた北の湖の顔は、義務と責任を果たして誇らしげな男の穏やかさにあふれていた。彼こそは谷風や雷電から、双葉山や大鵬につながる相撲系譜の偉大な数人に入ると述べたのは黒鉄ヒロシ氏である。わが意を得たりと思う人も多いだろう。

それにしても、北の湖の死という現実を受け入れられず悲嘆から抜け出せないのは、早すぎる物故が予想もしない瞬間に訪れたからである。平静の人のご冥福を心か
ら祈りたい。合掌。
(やまうち まさゆき)フジテレビ特任顧問
                  (採録:松本市 久保田 康文)
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