2015年12月09日

◆「南シナ海の軍事施設は軍事拠点ではない」と

野口 裕之



漫画家の水木しげる氏(1922〜2015年)が亡くなったが、氏の目指した理想の一つは「妖怪と人間の共存」であった。だが、妖怪とはできても「中国と人間 の共存」無理かもしれない。

中国に関しては、敵対勢力を殲滅や懐柔で少しずつ滅 ぼしていく《サラミ・スライス戦略》が指摘されていたが、《トーク&テーク戦略》も警戒が不可欠だ。直訳すれば《交渉しつつ得る》。

米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)社説は、南シナ海で次々に岩礁を埋め立て、軍事基地化を謀る中 国の専門は《係争中の領有権問題や行動規範策定について、アジアの関係国と引き 延ばし交渉を延々と続ける》一連の戦略を、こう認識しているのだと説く。

実際、中 国は関係国に問題の平和的解決を約束しながら、一方で主権の主張を強めて軍事的プ レゼンスを拡張している。邪悪で薄汚い国家ぐるみの詐欺行為を観れば、公平に互い の利益を分け合うギブ&テークとは対極で、小欄は「交渉を装いつつ盗る」と意訳し ておく。

習近平・国家主席(62)の訪米時(9月)における発言をめぐり、中国外務 次官が11月の記者会見で発した公式コメントも、中国との“交渉”が、どんなに危険で 虚しいかを裏付ける。

「習主席は南シナ海を軍事拠点にしないとは言ったが、岩礁に軍事施設を建設せぬとは言っていない」

■粉飾合意の米中首脳会談

スゴ過ぎる。そも、9月の米中首脳会談自体が大茶番劇であった。ホワ イトハウスは

(1)米中両政府はサイバーを使った知的財産窃取はしない

(2)それぞ れの国内法に従いサイバー犯罪を捜査

(3)ハイレベルの合同対話メカニズムを創 り、年2回開催

(4)問題がエスカレートした場合のホットラインを設ける-とする合意報告書を、まさに「創った」。WSJは《米中両国が何も合意しなかった実態を巧みに表現 しただけ》と看破したが、抜け穴だらけ、無理スジの“粉飾合意”であった。

首脳会談に先立ちWSJの取材を受けた習氏は「中国政府はいかなる形で も企業機密の窃取はしておらぬし、中国企業に慫慂(しょうよう)もしていない」 と、個人の責任に転嫁。中国政府があたかも被害者であるかのような姿勢を、またまた 繰り返した。

 (1)は、やってもいない中国政府によるサイバー攻撃をやらぬ方針で合意したこ
とになる。真に珍妙な風景ではないか。

 (2)では被害者を演じるが、はて、真正国内法が存在していたとは? 
共産党の決定が法律ではなかったのか。習氏が犯行を認めぬのなら誰が認めるのか。

 かくして、米連邦職員+元職員2150万人分の個人情報と数千億円分の米企業秘密を
ハッキングした史上最大の窃盗事件主犯=中国は“米中合意”の美名で大事件を潰しウヤムヤにした。

中国は確信を持ってウヤムヤにしている。米国が中国の国家犯罪だと解明できても、具体的手口を突き付ける範囲には限界が伴う。米側の捜査技術・手法 を明かしてしまうためだ。

■スローモーション覇権

米国も他国・組織へのサイバー工作は行っており、お互い様とはいえ、米国が開発主体の最新鋭ステルス戦闘機F-35に関する設計図や電子・レーダー系統な どの一部データを盗み取ったサイバー攻撃もウヤムヤにされている。狙われたの は、共同開発に参画する英大手軍需企業。中国のハッカーは米国家安全保障局などに成 りすまして英軍需企業関係者の名前やパスワードを引き出した。

中国は詐取したデー タを基に、高性能レーダー/ステルスなど遅れの目立つ技術面でのテコ入れを図り、 第5世代戦闘機とされる殲-20の開発速度を向上させた、と観られる。
1年半にわたり英軍需企業のコンピューターに侵入していたというが、 さらに長期間の作戦を隠密展開中なのは間違いあるまい。サラミ・スライスもトー ク&テークも領土・領海=主権を時間をかけ、いつの間にか奪い盗る戦略だが、サイ バー世界でも同様なのだ。

新アメリカ安全保障センターのパトリック・クローニン上級顧問兼アジア太平洋研究本部長は「スローモーション覇権」と呼ぶ。クローニン氏は米下院外交 委員会アジア小委員会で、南シナ海の人工島=軍事基地建設などにつき「長時間かけ て獲得する覇権」と説明。「東/南シナ海や台湾周辺の海・空・宇宙」に加え「サイ バー・ドメインの支配に向け基盤を構
築している」と訴えた。

■「盗人にも十分の理」

WSJが《大統領就任以来、最後までやり通さないことで有名》とこき下ろ すバラク・オバマ氏(54)が、どこまで理解できているかは不明だが、米軍は対 中懲罰の時機を探る。今年10月には《サイバー司令部》を完全始動させた。陸・海・ 空・海兵隊のサイバー部門を統合したサイバー軍は既に2010年以来、試運転してきた が、攻撃や防衛を各々専門に担任する諸機関も一体化した点に大きな意義がある。

サ イバー戦で専守防衛は自殺・自滅と同義。緒戦において、レーダー・分析・通信・指 令システムという目・耳・口をふさがれれば、軍は機能不全に陥り一方的敗北を喫 す。

軍官民の任務分担の隙間を縫った、コンピューターが制御する原発やダムを含む各 種発電所/金融/水道/交通信号といった基幹インフラの破壊だけでも、外交交渉での 圧倒的優位を許す。

ところで、米中首脳会談後の共同会見で習氏は、南シナ海の領有権問題にも触れた。

「中国は善き隣人として近隣諸国との協調を重視/南シナ海での平和・ 安定維持にコミットしている/国際法を基本とした航海・航行の自由を尊重し維持する」

サイバー問題同様、南シナ海問題でもこの態度。ただ「ウソつきは中国の始まり」などと批判を浴びせる余裕はない。既にサイバー問題では、カナダ通信機 器大手が09年、中国のハッキングも響き破産。中国は「盗人にも十分(じゅうぶ、 100%)の理」と宣言したに等しい。中国人民解放軍系企業によるサイバー攻撃で軍事シ ステム情報を盗まれた台湾系米国人は、小欄に証言した。

「中国は『先端技術を持たぬ側がサイバー攻撃で奪うのは当然の権利だ』と思っている。従って、盗む技術がゼロになるまで攻撃をやめない」

「盗人」だとの自覚さえない…。
(政治部専門委員 野口裕之)/産経ニュース2015.12.7
                (採録: 松本市 久保田 康文)

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