2015年12月14日

◆私の「身辺雑記」(290)

平井 修一


■12月11日(金)、朝は室温14度、結構な雨、散歩不可。

夕べも集団的子育て。牡蠣、イカ、ホタテ、マダラ、白身魚のボール、野菜入り蒲鉾などの海鮮味噌鍋と、牡蠣とモズクのレモン味ポン酢などを楽しむ。ヤケグイ的な感じで、精神的にショックを受けると人によっては過食になるようだ。

今朝は鍋の残りにご飯を入れてオジヤ。シャケと焼きそばも含めて大好評
だった。

フランスではルペン率いる国民戦線が統一地域選で首位になった。得票率は30%超。「不法移民は強制送還すべきだ」という主張が国民の支持を得た。

ところがマスコミは「極右の国民戦線」と産経でも書いている。極右とか極左というのは、「主義主張を通すためには暴力も辞さない」という意味だと、「極左」中核派の兵隊だった小生は理解しているが、国民戦線は乱暴狼藉をしているのか。そんなことはないだろう。

そもそも「不法移民は強制送還すべきだ」というのは当たり前の話、国際常識である。統治者から圧迫されて命や自由が危険に直面しているというのが「政治難民」で、これは保護すべきだというのが国連の合意だ。ところが「本物の政治難民」はほとんどいない(日本に来た300人超の難民の調査では政治難民はゼロだったという)。

母国では治安が悪いとか仕事がない、生活苦だという経済難民がほとんどなのだ。中共を見れば分かるが、政治難民は殺されているか、収監されているから、国外脱出なんてほとんど不可能だ。他の独裁国家でも同じだろう。

母国を離れて欧州に押し寄せる難民のほとんどは食いっぱぐれた経済難民か悪意のテロリストだろう。性善説のリベラルなアホのEUは国境をザルにしたから、わけの分からない自称“政治難民”が来襲した。今、多くの国は国境管理を強化し、フェンスを作る国も増えた。「不法移民は強制送還すべきだ」というのは当たり前の主張なのだ。

これがどうして「極右」なのだろう。ドイツ、英国、フランスあたりでは「不法移民の受け入れには反対」などと言うと、リベラルを自称する「極左」から猛烈な反発を受け、あたかも「人非人」のごとく烙印を押され、
村八分の制裁を受け、社会的に抹殺されるようだ。

永いことそうだったが、今では移民や経済難民問題を人々は少しずつ話せるようになってきたようだ。今回の難民問題の大量襲来で、欧州人は多少は学習を始めたのかもしれない。遅すぎたがね・・・

「異民族や異教徒は基本的に潜在的な敵だ、警戒を怠るな、最悪の事態に備えよ」と心することが大事だ。これは外交の基本ではあるまいか。

午前中は掃除機の修理。髪の毛が絡んでおり疲労困憊した。公休のカミサンは午後からショッピングに出かけたが、小生用に「尿漏れパッド」も買ってきた。使ってみたがなかなか具合がいい。だから今日は「尿漏れ記念日」。備えあれば憂いなし、か。

■12月12日(土)、朝は室温14度、快晴、フル散歩。散歩の途中で「尿漏れパッド」がはずれて下まで落ちてしまった。慌てて丸めてポケットに隠したが、いい図ではない。

筒井康隆が「フグりを引っ掻いていたら血が出てしまい、カミサンの生理用品をつけて繁華街を散歩していたら地面にそれが落ちてしまい、血がついていたものだから近所では“筒井さんって本当は女なのよ”と噂されるようになった」と書いていた。もちろん作り話だ。

作り話とえいば野坂昭如の「火垂るの墓」は史実のように思っている人が多そうだが、作り話だ。野坂自身がこう語っている。

<ぼくの体験にもとづいてはいるが、実際の妹はまだ1歳4カ月、喋れなかった。 作中では4歳の妹が喋る。主人公の兄は、飢えた妹に最後まで優しい。

ぼくはあんなに優しくはなかった。自分を哀れな戦災孤児に仕立て、妹思いの兄のように書いた嘘が、のちのちまで重荷になっている。

わずかな米をお粥にして妹にやる。スプーンでお粥をすくう時、どうしても角度が浅くなる。自分が食べる分は底からすくう。実のあるところを食べ、妹には重湯の部分を与える。

幼い妹の世話は父や母のように出来ない、妹に食べさせるつもりの食糧まで自分が食べてしまい生後1年半の妹を死なせてしまったと現在でも悔やんでいるのです>(ウィキなど)

10%ほどの真実、実体験に膨らまし粉を入れて小説というフィクションにする。商売にする。疑うことを知らない奴が騙されるのだ。

「痴呆症で重篤のがんを患う高齢者の介護をどうすべきか、体制を整えるべきだ」という論がある。その論者は「体制を整える」ことで儲かる人たちではないか。

生きるということは何事かを成すための手段である。老人は基本的にはそれを成し終えた人で、生きていることは老後、余生、おまけである。若い人たちの負担にならぬように生きるのが筋である、モラルである。

母を4年間介護した経験から言うと、痴呆症になると「抜け殻」である。外形は母であっても、もはや母ではない。人格としての母は死んでしまって、そこにいるのはただの母の抜け殻である。残像。生きている意味はない。母はやるべきことはすべてやり、余生も書道家、俳人として十分楽しんだ。

痴呆症やら骨粗鬆症で治療したが、95歳で大往生したものの、実際、本人にもわが家にも社会にも5年間の介護や治療はまったくの無意味だった。

日本も真剣に安楽死を考えるべきである。まったく意味のない延命に公的資金を投入するのは愚行であり、犯罪的である。子育て世代の支援に向けるべきである。社会的に全くの無駄である介護や治療を受けたければ全額自費でやれ。

山本夏彦翁曰く――

「人は言論の是非より、それを言う人数の多寡に左右される。昔、世間が『君には忠、親には孝』を当然とした時、少年の私はそれに逆らった。その時、彼らが私をとがめた顔つきを、私はまざまざと覚えている。今彼らはその『忠孝』を笑う。だから私は彼らの、いわゆる進歩と平和を笑う」

とにもかくにも(私利私欲に駆られた)奇妙な論者はいっぱいいる。空気や風、波に乗った怪しい言論はマスコミに満ち溢れている。油断していると騙されるということだ。きれい事を言う悪人はいっぱいる。泣く羽目にならぬようにご用心を。

■12月13日(日)、朝は室温14度、微雨、フル散歩。

「老人は地方で暮らせ」などという論がある。横浜の友人は5年ほど前に長野の古民家に移住し、住民票も移した。3年間ほど修理などをしながらのんびり過ごしていたが、体調を悪くしたので横浜に戻ってきた。住民票も横浜に戻した。

田舎ではまともな医療サービスを受けられない。往復だけで4時間、診察待ちで3時間。1日がかりだ。病気を抱えた老人は田舎では快適には暮らせない。

人が都会に集まるのは便利だからである。不便で仕事もなく、あるのは澄んだ空気と緑、イノシシ、シカ、サル。村によっては60歳で青年部だ。騙されて地方へ行った老人は、やがては体調を崩して都会に戻ってくるのだが、都会に家がない、頼る子供もいないなんてことになったらどうするのか。

住み慣れたところで暮らして、足腰が動かなくなったらさっさと死ぬのがいいのである。

川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の論考「中国のゴーストタウンで見た官製バブルの成れの果て 盛大にコケてしまった官僚の描いた机上のプラン」(JBプレス12/9)は日本にとっても示唆的だった。

<この11月に中国遼寧省営口市を訪問する機会があった。

営口市は大連の北方約200キロメートルに位置し、渤海湾に面しており、昔は漁港だったそうだ。市の人口は230万人とされるが、それは周辺部を含んだものであり、中心部の人口はその10分の1程度。中国のどこにでもある都市と言ってよいだろう。

*わずか3年でできた新幹線

営口へは大連から新幹線で行った。乗った車両は外観も内装も日本の新幹線によく似ていた。真似したのであろう。まあ快適な旅だった。大連から営口まで約1時間。

驚いたことに、大連と営口を結ぶ新幹線が2本ある。海沿いと山沿いの2路線。どちらも2010年以降に完成したと言っていたから、リーマン・ショック後の景気対策で急遽建設されたと思われる。だた、海沿いを走る列車は少なく、1日に数本。明らかに必要のない路線であり、過剰投資と言ってよい。

*李克強の計画はなぜ失敗に終わったのか

(ゴーストタウン=鬼城と化した営口の)この巨大開発の陰に、現首相である李克強の姿が見え隠れするという噂を聞いた。彼は2004年から2007年にかけて遼寧省の書記(遼寧省共産党支部のトップ)であった。その頃、彼は政治局常務委員候補の1人であり、実績が求められていた。その実績の1つが営口での鬼城づくりである。

彼のプランは次のようなものであった。中国では農村の発展が遅れているが、農業によって農村を豊かにすることは難しい。そのために、農民を豊かにするには彼らを農村から都市へ移動させる必要がある。農民を都市住民に変える。

しかし、膨大な農村人口を抱える中国では、全ての人を北京や上海の周辺に移住させることはできない。そんな事情から地方の中小都市の拡充が図られた。遼寧省では営口で巨大開発が行われることになった。

営口は渤海湾に面しており、海運の便がよい。そして温暖である(そうは言っても11月の初旬にはツララが垂れ下がる)。だから、営口を開発すれば遼寧省に住む多くの農民が押し寄せるはずだ。これが、李克強が立てたプランだそうだ。

李克強は2007年に遼寧省の書記を退任したが、その後にリーマン・ショックが起こり、その対策として全国で4兆元(今の円換算では80兆円)もの投資が行われ、その一環として営口を通る新幹線も2路線が作られた。

だが、それは所詮、官僚が作った机上のプランである。(マンションは一戸4000万円もするが)そもそも、農民の世帯収入は日本円にして100万円程度。彼らが購入できるマンションは高くても500万円。そんな彼らを対象にして(ショールームで)で見たようなバブリーな物件を作ったことに無理があった。もちろん、写真の物件は市の幹部用であり、農民にはもっと安いマンションを用意したようだが、それでも価格が500万円を下回る
ことはない。

そして、もっと重要なことは、営口に産業が育たなかったことである。工業を中心に据えた開発の時代は既に終わっていた。営口で工業は発展しなかった。就職口がないから、農民が移住することもなかった。

これからはサービス産業の時代。新たなサービス業は大都市に起こり、その中心には高学歴の若者がいる。コンピューターを自在に使いこなす彼らが中心になって産業が発達し、その周辺に各種のサービス業が発展する。これが21世紀の経済発展である。

*官製バブルの夢の後だが、どの国の官僚もこの事実を理解することが苦手である。日本の官僚も苦手だが、独裁体制の中で育った中国の官僚はもっと苦手のようだ。官
僚はインフラの整備と工業団地の建設しか頭になかった。だが、いくらインフラを整備しても、ものあまりの時代に田舎街に工業が栄えることはない。

面白い話を聞いた。営口の若者は、できれば上海、北京、広東、深セン、香港で働きたいと思っているのだそうだ。最低でも大連。田舎街である営口は大嫌い。中国の若者にとっても大都市の魅力は絶大である。

そんな中国で労働人口が減少し始めた。2025年頃には人口も減り始める。そんな状況で田舎街に人が集まるわけはない。いくら市政府が力を入れても、売れ残ったマンションが飛ぶように売れる時代は来ないだろう。

ただ、その建設に営口市や共産党が深く関わっているから、周辺企業が簡単に倒産することもなさそうである。大きな問題が発生すれば、首相を勤める李克強の威信にも傷がつくからだ。今後、営口市は巨額の不良債権を抱えながら、共産党のお慈悲にすがって不透明な資金繰りを繰り返すことになるのだろう。

中国の経済は官僚が作った不動産バブルによって隘路にはまり込んでしまった。今回の旅では、それを肌で感じることができた>(以上)

若者が敬遠する田舎に老人が移住したところでひたすら寂れるだけである。軽減税率を決めたような愚かな政治家はどこにでもいる。「老人は地方で暮らせ」などという論者も同類だ。こういうノータリンのバカは田舎にノーリターンで追放したらいい。(2015/12/13)
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