2016年01月18日

◆北は江沢民派の鉄砲玉

平井 修一



「北朝鮮は江沢民派/上海閥=序列5位の劉雲山=瀋陽軍区のカイライ」と小生は思っているが、これはほぼまちがいなさそうだ。大紀元1/12「北朝鮮“水爆実験”中国政府の政策変化の裏」から。

<6日の北朝鮮の水爆実験に国際社会の関心が集まる中、中国政府は諸外国とともに強い反対の意を表した。実験発表の直後、中国外交部は声明で「断固たる反対」を表明、北朝鮮に厳正な交渉を行い、駐中国の北朝鮮大使を呼びつけ厳重抗議するなど、いままでになく北朝鮮へ厳しい姿勢を示している。

習近平陣営に近いとされる中国ニュースサイト「財新網」は同日、「北朝鮮はこれまでに行った全3回の核実験を、すべて中米両国に事前に通知したが、今回は事前の知らせはなかった」と報じた。

長年、北朝鮮を政治・経済の両面で支援してきた、友好国である中国政府のこうした態度の変化について、大紀元本部の専属コラムニストは中朝関係をめぐる中国最高指導部内部の方向転換について分析した。

「江沢民元国家主席が率いる政治グループは、その次期の胡錦濤・温家宝体制まで、北朝鮮と親密な関係を押し通してきた。度重なる(実質的成果のない)6カ国協議や北朝鮮の核実験などは中朝両国の連携プレーで、北朝鮮は日韓米などの国々から経済支援などを引き出し、中国は政治的影響力をアピールする、そのための外交カードだった」

「一方、2012年末に発足した習近平体制は江沢民派と反して、国際社会に腫れ物扱いされている北朝鮮と距離を置くようにしている。それを邪魔するため江派は北朝鮮を中国に近付けさせようとしている。直前にドタキャンとなった昨年末の北朝鮮御用楽団、モランポン楽団の訪中親善公演は江派が意図的に企画したものという情報がある」

夏氏は「江沢民派こそが北朝鮮の盟友であり、長年裏で(経済・政治の)バックアップをし、北朝鮮を操っていた」と指摘している。

このことを一部裏付ける中国メディアの報道がある。独自報道で人気を集める北京の大衆日刊紙、新京報の昨年10月5日付の報道は、直近15年間に訪朝した中国指導部の高官をリストアップし、度々北朝鮮を訪れたとして江沢民氏とその側近ら(曽慶紅・元国家副主席、周永康・前中央政治局常務委員、現中央政治局常務委員の張徳江と劉雲山両氏)の北朝鮮との親密な関係を強調した。

習近平氏が北朝鮮を疎遠にしている兆候はほかにもある。公式発表では、習氏はトップ就任後に5回ほど韓国の朴槿恵大統領と会談しものの、北朝鮮の金正恩第1書記とは一度も会っていない。金氏が幾度も訪中をアプローチしたが、習氏は承諾しなかったという未確認情報もある>

ウィキによると張徳江は序列3位、共青団出身で、大学では朝鮮語専攻、金日成総合大学経済学部に留学している。1980年8月に帰国し、吉林省延辺朝鮮族自治州党委常務委員兼延吉市党委副書記に就任。1985年4月、延辺朝鮮族自治州党委副書記に昇進。

1986年8月、中央に移り、民政部副部長(次官)に就任。1988年3月、第7期全国人民代表大会代表(議員)に選出される。1990年3月、当時の党中央委員会総書記であった江沢民の就任後初の外遊となった北朝鮮訪問に随行し、これをきっかけに江沢民の知己を得て、引き立てられていく。10月、吉林省党委副書記兼延辺朝鮮族自治州党委書記に就任。

2006年1月に金正日が広州市を視察した際には「朝鮮通」として随行している。

張徳江は北とのパイプが相当太いのだろう。江沢民派は北をすっかり手なずけ、習近平を抑え込むための狂犬、鉄砲玉として飼っている。今の最大の暗闘は軍事改革で、習は最大の危険因子である瀋陽軍区を東北戦区(瀋陽軍区+北京軍区+北海艦隊)」としたいようだ。

つまり北京の統制・監視が行き届くように瀋陽軍区と北京軍区をガラガラポンし、事実上、江沢民派の牙城、瀋陽軍区を自分のものにしたいのだ。それをしないと枕を高くして眠れやしない。

たっぷりおいしい利権を貪っている瀋陽軍区の将校たちは当然のことながら軍事改革に大反対だろう。イザとなればクーデターを起こすことも厭わないはずだ。習の白髪は増えるばかりだろう。(2016/1/16)


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック