2016年01月19日

◆私の「身辺雑記」(304)

平井 修一



■1月16日(土)、朝は室温11度、快晴、ハーフ散歩。寒い。昨日から靴下は2枚。子・孫で朝から賑やか。120デシベル。N母子の弁当も作る。

カミサンは機嫌よくさえずりっぱなし。朝の1時間で小生の1年分はしゃべる。

2歳女児「ライオンはガオーって言うんだよ」
カミサン「じゃあ亀さんは?」
2歳女児「もしもし」

モーモー牛さん、モシモシ亀さん。座布団5枚だ。2歳にして大喜利。将来は落語界のプリンセスか。

間もなく65歳になるからペンネームを厨房修一、厨坊修一あたりにしたらいいかもしれない。ただ「平井修一」で検索すると9000件ヒットする(有難いことにあちこちで引用されている)から改名する必要性は全然ないのだが。ま、ゆっくり考えよう、どーでもいいが。

台湾の投開票日だが、こちらは大いに気になるな。『台湾の声』から。

<在日台湾同郷会声明:台湾の民主のために投票を

95年前、日本の東京で台湾議会設置請願運動が起きた。第2次大戦後、中国国民政府が台湾を接収して、台湾は2・28事件を経験し、引き続き白色テロ期が始まった。1992年まで、台湾人は、人権・民主・自由がないという恐怖をその身をもって経験し、夜、安心して眠ることが出来なかった。

台湾は、また、長い間、政党結党の自由を持たなかった。野百合学生運動を経て、1992年にやっと立法院の全面改選が実現し、1996年になって総統直接選挙を、2000年に政権交代を実現した。台湾が今、手にしている民主は、いわば、台湾の百年来の夢であり、あれほど多くの尊い命と引き換えに得たものである。

今、まだ、正義への移行が実現していない中で、旧勢力が不当に擁する資源を用い、あるいは司法を濫用し、台湾の民主を阻害している。それどころか、民主を許さない国家ないし勢力と組んで台湾の民主・人権を阻もうとしている。

今日は台湾の民主を祝う日と言える。もしかすると大学の期末試験が多少なりとも大学生の投票の機会に影響を及ぼすかもしれないが、我々は必ず投票に行かなければならない。そうしなければ台湾の民主を守ることが出来ないのだ。

我々は、台湾の民主・人権を尊重する候補者が当選し、国会の大多数を占め、正義の移行を実現することを願う。そうやってこそ、恐怖の中から脱出し、安心して生活することができるのである。

我々、在日台湾同郷会は既に多くのメンバーが帰国し投票に備えている。
また日本の国会議員が、台湾総統選挙国際監視団に参加していることに感謝するものである。

我々は、中国に対して、手出しをしないように忠告する。歴史も自由な選挙も共有しない中国共産党には、台湾人の民意を理解することは不可能であり、ただ、台湾人の反感を招くだけである。

また、国際社会に対し、これから台湾が示す民意を尊重し、台湾の民主的な選択を支持すると声明するよう呼びかける。そうすることで、負けを認めようとしない勢力ないし特定の国家が台湾で混乱を起こそうとするのを阻止することができるのである。

最後に、台湾の国軍および治安情報当局に対し、台湾が新総統を選出した後、その民意を尊重し、全力で、台湾の新総統および台湾社会を守り、負けた一方が国家の安全を損なうことを決して許さないよう呼びかける。

台湾の民主万歳! 2016年1月16日 在日台湾同郷会会長 邱文章>

泣けるなあ。我々は歴史の瞬間を目撃しつつある。日台は兄弟姉妹だ。Viva Formosa、麗しの島! 李登輝先生の蒔いた種が今ヒマワリの大輪となって開花する。

昼は長男一家も参戦しラーメン9人前!(新記録)、夜は大鍋2つでタコ入りオデン。結構な運動量だった。

■1月17日(日)、朝は室温11度、快晴、ハーフ散歩、寒い。フォーカス台湾1/17から。

<台湾の立法委員選:民進党、初の単独過半数 国民党は議席大幅減、台湾の総統選:日米、初当選の蔡英文氏に祝辞>

昨晩、日本李登輝友の会・台北事務所は蔡英文全国競選総部からこう報告した。

<見てください、この大群衆。民進党本部前は蔡英文総統の誕生を祝う支持者で立錐の余地もありません。新しい台湾の到来です!>

興奮が伝わってくる。

「両岸は現状維持、中共とは距離を置く」という民進党が勝って中共は改めてがっかりだろう。中共は締め付けるか・・・今の経済状態ではそんな余裕はないと思うが。台湾と日米との絆は強まり、中共包囲網は強まるはずだ。中共はますます暴れ、孤立を深めるに違いない。

台湾の内閣は近く総辞職するが、馬英九が5月初めまで居座るのは嫌な感じ。悪さをしそうだ。

さて、中共。川島博之/東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の論考「中国の未来を悲観的に見なければならない理由 農民を豊かにできなければ真の大国にはなれない」(JBプレス1/14)から。

<*今後の中国は「農村」にかかっている

筆者は農業・農村から中国を見てきたが、今後、中国が成長を続けて米国をもしのぐ大国になるかどうかは、その農村政策にかかっていると考えている(「農業」政策ではない)。

中国を人口13億人の国と見ることは適切ではない。中国は都市戸籍を持つ4億人と、農民戸籍である9億人によって構成されている。そして、農民戸籍を持つ人の中の3億人が都市に出稼ぎに出ている。その多くは「農民工」と呼ばれ、工場で働いている。

彼らを低賃金で働かせることによって、中国は安い工業製品を作り出すことに成功した。それが奇跡の成長をもたらしたが、その果実は都市戸籍を持つ人々が独占してしまった。日本に爆買いにやって来る人々は、ほぼ全員が都市戸籍である。

このまま農民を農民工として働かせていても、一向に農工間格差を是正することはできない。この先、農民を豊かにするために残された道は、農村にサービス産業を起こすことだ。現在、どの先進国においても産業の中心はサービス産業である。

*一向に埋まらぬ戸籍格差

そのような目で見ると、中国の未来は限りなく暗い。農民を馬鹿にしてきたことのつけが回って来たとも言ってもよい。

そもそも、「都市戸籍」「農民戸籍」などと言って、戸籍によって人を区別することがおかしい。戸籍制度は共産党が作ったものだが、このような制度ができた背景には、農民を一段下の人間として見る中国の伝統があった。だが、農民をないがしろにしてきたことは、中国が経済発展を続ける上で大きな足かせになっている。

国務院人口調査(2010年)によると、中国の大都市(城と呼ばれる)の人口は4億人であるが、そこに住む人の22%は大学を出ている。23歳に限って見れば大卒の割合は42%にもなる。一方、約6億人が住む農村(郷と呼ばれる)の大卒割合は2%に過ぎない。23歳に限っても8%。都市と農村の教育格差は大きい。

工業が発展する際には勤勉な人材が求められる。学歴は中卒や高卒程度でも十分だろう。しかし、サービス業が発展する際には創造性が豊かな人材が不可欠だ。それには高度な教育が必要になる。

中国の未来を悲観的に見なければならない理由が分かるだろう。都市と地方の教育格差が中国ほどではない日本でも、地方にサービス産業を根付かせることに苦労している。それを考えれば、大卒人口が2%でしかいない中国の農村にサービス産業を育成することは不可能に思える。

*岐路に立つ中国

マクロな観点から見ると、戸籍制度によって都市住民と農民を峻別した中国は工業化に適した社会であった。しかし、農村部でサービス産業が発展し難い社会になっている。その結果として、米国を上回るような国になることができない。

米国は田舎にもそれなりに教育が行きわたり、規制緩和が進み、言論や報道の自由もある。サービス産業が発展するインフラが整っている。それに対して、中国の農村部は教育の普及が著しく遅れ、かつ規制が多く、言論や報道の自由がない。そんな状況でサービス産業が発展することはない。

農村部の教育に多額の投資をするなどして格差の縮小に勤めれば、少々回り道になっても中進国の罠にはまり込むことなく、少しずつ成長を続けることができるだろう。しかし、農民を馬鹿にして彼らを低賃金労働者としてしか見ないような態度を貫けば、中国がこれ以上に発展することは難しい。

工業化が一段落した現在、中国はまさに岐路に立っている。2016年は中国が今後どのような道をたどるかを見極める上で重要な年になるだろう>(以上)

サービス産業(3次産業)とは一般的に宿泊、レジャー、金融、教育、情報、医療、レンタル、専門技術、アウトソーシング、郵便、運輸(物流)、交通、通信、外食、エネルギー、エンターテイメント、コンサルティングなどを指す。

確かに「真面目に黙々と手を動かす」製造業(肉体労働、労働集約産業)と違って、サービス業は専門知識や専門技能、マーケティング能力などが求められるし、第一、サービスを必要とする市場も必要だ。日本の地方だって難しいのだから、中共の農村部にそれらを期待するのは無理だろう。

2013年の就業人口(ILOなど)は日本では1次産業(農林水産業など)3.7%、2次産業25.8%(製造業)、3次産業70.5%。中国はそれぞれ31.4%、30.1%、38.5%だ。中国での3次産業は都市部で発展しても地方の農村部では発展しそうもない。

ちなみに米国はそれぞれ1.5%、17.5%、81.0%だ。3次産業はシンガポール81.4%、英国80.2%、ドイツ70.8%など。付加価値と生産性が高い3次産業が伸びないと国家は成長しないということだ。

格差を示すジニ係数は0.4以上が社会騒乱の多発する警戒ラインとされるが、「中国では、2010年にはジニ係数が0.61(西南財政大学)、2012年には0.73(北京大学)と格差が拡大した。すでに“危険水域”に突入していると考えられよう」(澁谷司/拓殖大学海外事情研究所教授)。

中共は痛みを伴うリストラをしないと未来はないが、それをすれば易姓革命になりかねない。いずれにせよ経済低迷で数年間(最低でも3年)は苦しむだろう。内政危機を戦争に転化する可能性は高まっているのではないか。

■1月18日(月)、朝は室温12度、寒い、大雪、散歩不可。雪国の人からすれば何ということもないが、慣れていないから転倒する人が少なくない。山と都心を結ぶ電車は一部運休とか。

中共が禁書とする書籍・雑誌などを売る香港の書店関係者5人が中共に拉致された模様だ。一国二制度は嘘だったということ。韓国も似たようなもので自由・民主・人権・法治はない。ウィキで「禁書」について調べてみた。

<中国では秦の始皇帝による焚書が余りに著名であるが、その後2000年、現代に至るまで禁書政策は、歴代の王朝によって繰り返し施行され続けている。

記録にある最古の例は、戦国初期の秦国で行なわれた禁書である。秦の天下統一後の焚書坑儒の反動から、前漢代は一転して開放的な政策がとられた。禁書が復活するのは後漢代になってからであるが、この時に禁止されたのは、予言的な内容で盛行した讖緯の書であった。

続く魏晋南北朝時代も、讖緯の書をしばしば禁じた外、廃仏時の仏書や道教経典の禁止などを除けば、長期間にわたる禁書は見られなかった。隋唐代に至っても、同様の傾向が続き、会昌の廃仏などの一時期を除き、大掛かりな禁書は見られない。

宋代以降、時代の変化に応じて、禁書の範囲は拡大する。黄庭堅や蘇軾など旧法党の文人の文集が、新法党と旧法党の政争により禁書の措置を受けたが、これは前代までには見られないことであった。元朝は、讖緯の書や偽撰と認定した道教経典を禁止したなどの事件が見られる程度である。

明代、思想的な書物のみならず、『剪灯新話』などの多くの小説の類も禁書処分を受けた。明末の思想家李卓吾に至っては、その名も『焚書』などの著作によって人心を扇惑させたとして、最後は遂に獄死し、著書は全て焼却処分を受ける程の弾圧を受けた。

清朝の禁書は更に厳しさを増す。これは、同じく北方の民族が興した王朝である元とは対照的である。清代の禁書を「文字の獄」という。歴代の皇帝は絶えず禁書政策を発し続けていたし、その輝かしい文化政策も反面、文化弾圧政策としての一面を持つものであった。一大叢書である『四庫全書』の編纂が、それである。

その編纂過程で、世に流通が許された書物を確定した。陽明学の書など、あるものは本文を改変して四庫全書に収録し、価値の低い書物は目録にのみ記載し、目録に記載されなかったもののうちからブラックリストを作成して禁圧するという措置がとられた。

現代中国でも中国共産党に対する批判や歴史的事件などの書籍・伝記などは、社会秩序に反するとして中国本土では違法書籍となる場合がある。香港を除く中国国内では、文化統制政策のもとに国務院直属の新聞出版総署が各省・自治区・直轄市の各新聞出版局に方針を通達し、発禁書籍リストを作成、公安関係機関と連携して取り締まりを行なっている。

2012年5月、上海で起きた違法書籍の販売・所持事件では、違反者に5年5カ月〜6年の懲役と罰金が課せられ、違法書籍は没収の上、焼却処分されている。

*有名な禁書

歴史上有名な禁書行為としては古代中国の始皇帝による焚書、近代のカトリック教会による禁書目録の作成、ナチス・ドイツによる政治的禁書および焚書、中国の文化大革命における禁書・焚書などがあげられる。

また大規模なものではないが、李氏朝鮮がその成立において儒教とは相容れない問題があったため、明で出版された「明紀輯略」等を禁書とし、国内への搬入を拒むだけでなく、明にその処分、訂正を外交的に要求していたという例もある>(以上)

GHQは日本占領期の7年間、厳しい言論統制と焚書で歴史と真実を歪め、時には隠蔽した。風刺週刊誌を襲ったイスラム過激派は狂気ゆえだが、香港の書店まで弾圧するのは中共の焦りゆえだろう。書店には「中共の不都合な真実」が詰まっていたのだ。

皇帝と紅い貴族が支配する、前近代の封建独裁国家。中共王朝は末期的である。(2016/1/18)

          
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