眞鍋 峰松
我が家の玄関ドアー上の内側の棚には、本当に小さい木彫りの七福神が、一枚の木の板に仲良く並んで鎮座しておられる。
どちらの家庭もご同様でしょうが、大晦日には我が家も恒例行事である家中の掃除と整頓。生来の無精者・怠け者の私は、毎年その作業から逃げの一手。
その殆どを家人に任せ、私に課せられた惟一の作業である神棚の磨きとお飾りを終了し、やれやれと玄関で腰を伸ばしつつ、ふと見上げた眼前に1年の埃が積ったこの七福神様。これは真に申し訳ない始末、と慌てて埃を払い清めさせて頂いた。
今になれば、どのようにして入手したものやら、その由来も分からなくなったのだが、いつの間にやら、30年以上も前から我が家の外部からの「災厄除け」の大事なお役を務めて頂いてきている。
ある書物によると、元々この七福神信仰は室町時代からあったと言われ、人間の七福である寿命、有福、人望、清廉、愛敬、威光、大量を七人の神に結びつけ、前から寿老人、大黒天、福禄寿、恵比寿、弁財天、毘沙門天、布袋の順になる、とのこと。
しかも、この七福神の選び方はまことにバラエティに富んでいて、恵比寿だけが日本土着の神で、あとはインド産が大黒と毘沙門、中国産が福禄寿と寿老人、唯一女神としての弁天さん、そして布袋に至っては中国の唐の時代の実在の和尚であり、神道・仏教・道教を全て総合。
外来文化と土着文化とが習合して独自のものを形成したのである、とのことである。
現在でも七福神詣で(参り)と言って、正月元旦から七日までの間に七福神を祭った社寺を巡拝して、開運を祈る風習も残されている。
興味を抱いてネットで調べてみると、大阪市内では、寿老人が三光神社(天王寺区)、大黒天が大国主神社(浪速区)、福禄寿が長久寺(中央区)、恵比寿が今宮戎神社(浪速区)、弁財天が法案寺(中央区)、毘沙門天が大乗坊(浪速区)、布袋が四天王寺(天王寺区)というのが一つの参拝コース(所要3時間)とのこと。
正月の松飾りを立てておく期間を松の内といって、まだまだお正月気分が残っている頃合い。一度、七福神詣に出かけ、この1年の無病息災を祈るのも昔懐かしい日本情緒に浸る良い機会かも知れない。