2016年01月29日

◆甘利辞任に思うこと

〜 嗜(し)欲(よく)喜怒(きど)の情、賢愚皆同じ!〜
 
浅野 勝人 <(社)安保政策研究会理事長>



「貞観十年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、帝王の業、草創と守文と孰(いず)れが難き、」と「事を起こして成就させることと、出来上がった体制を維持していくこととどちらが難しいか」という唐2代目の名君・太宗の問いは、中国古典の名著「貞(じょう)観(がん)政要」の存在を知らない人でも聞いたことのある問答です。

 ちなみに貞観政要とは、中国史上、理想的な統治が行われ、後世の模範とされた唐の皇帝・太宗の「貞観の治」を硬骨の史家・呉競が書き記した歴史書です。洋の東西で優れた「リーダー学」の書として重宝されてきました。

 この中に「嗜(し)欲(よく)喜怒(きど)の情は、賢愚皆同じ」(7章)という魏(ぎ)徴(ちょう)(諌(かん)議(ぎ)大夫(たいふ) = 皇帝特別補佐官)のことばがあります。

たしなみ 好む心。喜んだり、悲しんだりする心は、賢者も愚者も変わりありませんと言っています。違うのは「賢者は能(よ)く之を節して、度に過ぎしめず、愚者は之を縦(ほしいまま)にして、多く所を失うに至る」という点だけですと教えています。

山本七平は、著書「帝王学―貞観政要の読み方」の中で、この言葉を解説して、
  
私(山本七平)は、収賄事件を耳にするたびに魏徴のこの言葉を思い出す。というのは収賄者の中に、日々の生活に困っている人は、新聞などで見る限り皆無だからである。
 
それもそのはず、賄賂をとれるのは、とれる位置にいるからであり、そうゆう位置にいる人は、必ず相当な収入があるからである。そうゆう権力・権限をもちうる位置まで昇れる人は、愚者であるはずがない。
ものすごい競争に勝って一流大学に入り、さらにむずかしい試験を通って国家公務員、一流会社の会社員、大学の教授となった人たちが「愚」であることはあり得ない。だが、そうゆう人が、さまざまな事件を起こして新聞紙上に登場する。
 
医大の教授が、権限に絡んで500万円受け取ったの、そのうちいくらかは返したのといった事などは、まことに不思議な話だといえる。教授の月給は決して少なくはない。さらに、聞くところによれば、特別診療による別途の収入のある人もいるという。どう考えても、生活に困っているとは思えない。そして大学の医科を出た人は、みな秀才すなわち「賢者」のはずである。

こんなことを思うと、魏徴の言葉は、まさにその通りだなと思わざるを得ない。

ものすごい競争に勝って権力・権限をもちうる位置についたという部分を、「激烈な選挙戦を勝ち抜いて国会議員になり、さらに熾烈な競争に競り勝って閣僚になった」と読み替えたら、政治家に当てはまる。


とりわけ、甘利大臣の場合は、近年、国際社会のため、国益のために優れた成果を残した超ド級の政治家です。TPPの調印式には出席したかったという発言は、痛いほどわかります。
50万円で全てを失い、ポスト安倍の総裁レースからも脱落してしまいました。
それが人間なのでしょうか。「まことに人間とは、何とも奇妙な動物だと言わざるを得ないという気がして来る」(山本七平)

私のような元職の立場でなくても、切ない思いのする方は少なくないでしょう。

もっと大切なことを付言しますと、
「これは、常に自戒の言葉とすべきであろう。とはいえ、人間は他人のことは正しく批評できても、自分のこととなるとわからなくなるものである」という教えです。

私もそのうちの一人と自覚はしていますが、ホントに大丈夫かどうか甚だ心もとない気がします。
(2016/1月28日、元内閣官房副長官)




 


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