2016年02月08日

◆スキャンダル封じを狙った中国当局の「犯行」

矢板 明夫



※この記事は月刊正論3月号から転載しました.


2015年12月30日の昼過ぎ、香港の中心部の繁華街にある小さな本屋、「銅鑼湾書店」の株主で作家でもある李波氏が、若い店員に「倉庫に行ってくる」と 伝えた後に出かけ、そのまま行方不明となった。

同日夜、李氏から妻に電話があり、「いまは当局の調査に協力をしている。騒ぎ立てないでほしい」とだけ伝えた。電話の発信地は中国の広東省だった。

夫婦は普段、広東語で会話しているのに、この日の李氏は電話で慣れない中国語を話し ていたことを妻は不審に思った。

また、李氏の中国に入る際のパスポートに相当する「回郷証」が自宅に残ったままで、「回郷証」がなければ、中国に入ることは出来ないはずだ。「夫は拉 致された」と思った妻は、翌日、警察に相談した。

「銅鑼湾書店関係者がまた失踪!」「中国当局が拘束か?」といった見出しは、2016年の正月早々、香港各紙の一面トップを飾った。

実は李波氏は同書店の5人目の失踪者だった。最初の事件が起きたのは2015年10月14日だった。書店の親会社である巨流出版社の社長、呂波氏が出勤せず、 連絡もとれなくなった。

その3日後、巨流出版社の株主である桂民海氏が、旅先のタ イで失踪した。防犯カメラには桂氏が複数の男に伴われ、滞在先のマンションから出て行く時の様子が映っていた。

さらにその1週間後の10月23日から24日にかけて、巨流出版社営業部長 の張志平氏と銅鑼湾書店店長、林栄基氏も旅先の広東省などで行方不明となった。香 港の警察は一連の失踪事件を捜査しているが、中国当局が情報提供を拒否しているた め、難航しているという。

銅鑼湾書店は中国政治に関する書物を扱う専門書店だ。販売だけではなく、出版部門もある。一連の失踪事件を取材した香港人記者は「銅鑼湾書店は昨年秋から中国の習近平国家主席の暴露本を出版しようとしていることが中国の治安当局の 逆鱗にふれた」と指摘した。

その上で「李氏は車のトランクに詰められ、中国側に 渡った可能性がある」と話した。

この記者によれば、銅鑼湾書店が出版しようとしている本のタイトルは「習近平とその愛人」。習氏が福建省の省長などを務めていた1990年代、地元テレビ 局の女性キャスターとのスキャンダルなどが書かれているという。

銅鑼湾書店は中国本土から観光客がよく訪れる人気スポットの一つで、中国国内で買えない共産党体制や中国指導者を批判する「発禁本」をお土産として密 かに持ち帰ることが多いだけに、本が出版されれば、国内で個人崇拝を進めている習 氏のイメージ低下は避けられない。そう判断した中国当局の治安当局は出版の阻止に 躍起となり、誘拐という強硬手段に出たとみられる。

失踪事件は香港で大きな波紋を広げた。香港の民主派団体は2016年1月 10日、「言論の自由を守ろう」と呼びかけ、香港中心部で6000人規模の抗議デモを主 催した。

その際、「香港独立」を叫んだ参加者も少なくないという。今後、事件が長 期化すれば、香港市民の反中感情がますます高まり、2014年9月から12月まで続い た香港中心部の道路占拠「雨傘運動」が再来する可能性もある。

失踪した銅鑼湾書店の5人の関係者のうち、李波氏は英国籍、桂民海氏 はスウェーデン国籍を所有している。英国とスウェーデン政府はすでに中国当局に対 し情報提供を求めるなど、事態は外交問題に発展しつつある。

中国当局も火消しに動き出している。1月5日、香港の親中派の立法会員、呉亮星氏は「未確認情報」として「5人は中国本土で買春したため治安当局に拘 束された」と議会で発言した。拘束は刑事事件で言論弾圧と関係ないことを示唆しよ うとしたが、「荒唐無稽」「密入国までして買春する人はいるか!」などと民主派 と知識人が猛反発している。

一連の失踪事件を受け、民主派系出版社「開放」は、1月に習氏を批判 する本を出版する計画を中止するなど、香港の出版関係者に大きな圧力を与えたこと は事実だ。

銅鑼湾書店の出版計画は継続されるかどうかも不明だ。しかし、失踪事件によって習氏の女性関係の暴露本に対する中国国内外の関心が高まっており、同書店 への問い合わせや本の予約が殺到しているという。

           ◇

月刊正論3月号の記事はここまでだが、続きがある。香港の民主派団体「香港市民愛国民主運動支援連合会」の主催で、市民ら約30人が2016年1月31日、5人 の即時釈放を求めて、香港島西部にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」に向 けてデモ行進した。「李波を釈放しろ!」「政治的拉致に抗議」などとシュプレヒ コールを上げた。

このような動きを受け、米国務省のカービー報道官は1日、「深い懸 念」を表明、5人の釈放を中国に要求していることを明らかにした。カービー氏は「中国 当局の動きは、香港の自治や人権に関する対応に疑義を抱かせる」として、5人の所 在と失踪時の状況を明らかにするよう要求した。

その後、広東省公安当局は、2015年10月に広東省で失踪した3人につい て「中国本土で違法行為をしたため関係部門が拘束している」と香港警察に通知し た。

広東省公安当局は通知で「3人は、タイで行方不明になった桂民海氏に関わる事件 で、違法な活動に従事した」と説明。李波氏が香港警察に宛てた手紙も通知に同封さ れていたという。香港警察は面会を要求しているが、「現時点で会う必要はない」と 拒否したとされる。

産経ニュース【矢板明夫のチャイナ監視台】2016.2.6
                 (松本市:久保田 康文)


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