2016年02月09日

◆私の「身辺雑記」(311)

平井 修一


■2月6日(土)、朝は室温12度、冷える、曇/晴、ハーフ散歩。

迷走シャープは台湾の大企業に抱えられることになりそうだが、安住の地が保障されているわけではないので、これからも波乱はあるだろう。まったく商売は大変だ。(国民党凋落による台湾企業の大陸離れの象徴になるかもしれない)

昔はひとつの技術をマスターすると30年間食えた。文選工、植字工もそうだったが、日進月歩の技術革新で仕事そのものがなくなってしまった。先見の明がないとしくじるが、来年のことさえ予測できないのだから3年後、5年後なんてなかなか分かるものではない。

現代ビジネス2/4『年俸1億円以上の役員が23人!三菱電機「絶好調」の理由は「撤退する勇気」目立たないけど給料も業績もすごい』から。

<「選択と集中」「技術革新」と連呼して思考停止に陥り、日本の電機メーカーは次々に倒れていった。だがこの会社だけは、本当に大事なことを知っていた。ただ攻めるばかりが経営ではないのだ。

*完全に一人勝ち

「業界の内部では、野武士の日立、商人の松下に対して、三菱はあまり闘争心のない『殿様』と長年揶揄されてきました。売り上げも総合電機メーカー3社の中では『万年3番手』と言われ、ずっとパッとしなかった。

ですが現在の好調は、そうした社風がいい方向にうまく働いている結果なのだと思います。

三菱電機には、『1位を目指さなければならない』という気負いや、『寝食を犠牲にして働く』という必死さが薄い。だからこそ、必要なときに大きな改革に踏み切り、正しい戦略を立てることができた。『プライドよりも生き残ることが大切』と割り切れることが、彼らの強みでしょう」

こう語るのは、東京大学大学院「ものづくり経営研究センター」特任研究員の吉川良三氏だ。

吉川氏は日立製作所や日本鋼管、韓国サムスン電子で長年技術者として働き、サムスンでは常務まで務めた。氏は2代前の下村節宏社長時代、乞われて三菱電機の役員会で提言をしたことがあるという。

「私はそのとき、サムスンが家電事業に集中的に設備投資していることを踏まえて、『家電は激戦になる。撤退を進めるべきだ』と提案しました。

当時の電機業界にはまだ、『日本が韓国なんかに負けるわけがない』と考えている人もたくさんいましたが、三菱電機の幹部は私の話を真剣に聞いてくれた。このとき役員だった、前社長の山西健一郎さんと、現社長の柵山さんが、数年後にその提案を実行したのです。

その後、家電市場は海外メーカーが席巻し、三菱電機以外の日本勢は案の定、苦戦を強いられることになりました。私の発言で撤退を決めたとは思いませんが、少なくとも三菱電機の経営陣に、『勝てない』と見た分野からはためらわず退く決断力があることは間違いありません」

(それを可能にしたのは)社風の独特さだ。家電メーカー社長の多くが東大出身者で占められている中、三菱電機だけは京大系の社長が多い。東大卒の柵山現社長を除けば、過去5代、23年にわたって京大出身者が続く。吉川氏はこう分析する。

「東大出の技術者は、自分の知識や判断に自信を持つあまり、道を誤ってもそれを認められない人が少なくない。でも三菱電機の場合は、こだわりが弱くてのんびりした京大的な気風のおかげで、ダメな事業はきっぱり諦め、別の道を探す柔軟性を持てたのかもしれません。

厳しい競争に勝ち残ろうとして無謀にリスクをとる企業が多い中、『負ける勝負はしない』という慎重さが、逆に強みになっているのでしょう」

戦わなければ、負けることはない――この信念を「軟弱」と笑うのは簡単だ。しかし生き残ることができなければ、結局は何の意味もない。三菱電機の成功は、ビジネスには時に「撤退する勇気」も必要だということを教えてくれている>(以上)

東大と京大・・・東大では「卒業したら優秀なやつは官僚か学者になる。ダメなやつが民間へ行く」がキャンパスの常識のようだ。官尊民卑だな。

この記事を読んで産経書評1/30「何もしなくていい自由…『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』」を思い出した。著者の高村友也は東大出だ。

<掘っ立て小屋や河川敷での生活が記される。平成21年、山梨県の雑木林にわずかばかりの土地を購入し、自らの手で小屋を建てた。湧き水をくみ、薪(たきぎ)を拾い、ダルマ型ストーブで暖を取る。ソーラー発電で照明やノートパソコンの電源をまかない、収入はときどきするアルバイトで得る。

神奈川県内の河川敷にも土地を購入してテントを張り、行ったり来たり。完全な自給自足ではなく、「生活の全体を質素にしたい」だけなのだという。

33歳の著者は東京大哲学科卒業後、慶応大の大学院を修了。人間関係を築くのが苦手で、人と関わることなく生きるために人里から離れたそうだ。外部とはパソコンのメールを通じてやりとりする。

「僕は欲望を追求してなんでもできる自由よりも、極めて基本的な労働以外に何もしなくていい自由を好む」などと、意味深く哲学的なことばであふれている。

編集を担当した同文舘出版の竹並治子さんによると「反応は賛否両論さまざま」だとか。4年前に同社が出版した前著『スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方』は話題を集めて韓国でも翻訳出版された。本書についても早速翻訳のオファーが届いているという>

発達障害は“東大病”だな。良い子は戦うことを知らないから自殺する、あるいは蹴落とされたり河川敷で殺されたくないから隠遁する、引き篭るしかないのだろう。

同書はHenry David Thoreauの「森の生活」に表向きはそっくりだ。アマゾンのPRにはこうある。

<ソローは、ウォールデン湖畔の森の中に自らの手で小屋を建て、自給自足の生活を営んだ。湖水と森の四季の移り変り、動植物の生態、読書と思索等々が、「詩人博物学者」の清純な感覚で綴られる>

ただソローは交際を断って逼塞していたわけではない。友との往来もあり性格は明るい。

ウィキによると「ソローはハーバード大学卒業後、家業の鉛筆製造業、教師、測量の仕事などにも従事したが、生涯を通じて定職につかなかった」。ずっと一人暮らしだったようだが、これでは体に悪い。

小生は健康維持はバランスのとれた食事と適度な運動が肝心だと思っている。ペラペラと本をめくったが、ソローは畑で豆、ジャガイモを“自然農法”で作った(カネがかかるから堆肥ゼロ!、面倒だから除草もあまりしない、つまり三流産品だろう)。

畝の長さの合計は7マイル(11キロ、広い!)、これを村へ運んでライムギやトウモロコシの粉と交換した。近くのウォールデン湖で最初の頃は釣りもしたが、「動物の肉にはどこか不潔なところがある」と口にしなくなった。

まあ、今でいうベジタリアンだ。それも極端で、コーヒー、紅茶、酒も飲まない、香辛料もダメ、そもそも味覚、食欲を軽蔑し、少しのパンとジャガイモだけ。どうなったか。結核のため44歳で死去した。早すぎる。

それにしても、なんとソローは死後150年もたつのに「小さな政府、余計な干渉するな、もう増税にはうんざりだ」の茶会党に影響を与えているという。ソローは人頭税の6年間未納で収監されているから、茶会党と通じるところがあるのだろう。

兼好法師こと卜部兼好(うらべかねよし)は従五位下の宮仕えを終えて30歳あたりで出家したが、隠棲とは言え盛んに交際している。

当時は通い婚が盛んで、兼好法師は「妻(め)といふものこそ男の持つまじきものなれ。いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん。よそながら時々通ひ住まんこそ、年月経ても絶えぬ仲らひともならめ」(妻は不要だ、どんな女でも毎日顔を合わせていたら興醒めする、通い婚が一番いい)と書いているから妻帯したことはなさそうだ。

出家したら通い婚は止めただろうが、享年68。当時としては長寿だろう。

荘園からの収入や和歌の指導による謝礼などもあって、通いの婆さん、小女の用意でちゃんと一汁二菜、ときどき魚付きの飯(お呼ばれなら京料理か)を食っていたに違いない。

ソローや高村がウブながら自尊心の高い東大出身タイプなら、兼好は海千山千の京大出身のリアリストだろう。「物をくれるのはいい人だ」なんて臆面もなく書いている。

面子を守りたいという気持ちはわかるが、「三十六計逃げるに如かず」「逃げるが勝ち」という選択肢も忘れてはならないということだ。

ただ撤収、撤退は非常に難しい。結婚は楽勝、離婚は難儀。追撃を受けながら撤退する部隊を守る殿戦(しんがりせん)は一番難しく危険だという。シャープがへばっているのなら「この際だから奴らの家電市場を奪ってやろう」というのが商売の掟。どの業界でも大手5社間の競争はすさまじい。情け容赦ない。

三菱自動車は米国現地生産から撤収するそうだが、三菱グループにはそんなDNAがあるのかもしれない。「逃げの三菱、深追いシャープ」か。「逃げの小五郎」は畳の上で死んだが、西郷先生は戦場で自裁(戦死)され、神になった。

日本人のDNAには「白旗を上げない」があるようで、これにはいい面と悪い面がありそうだ。功利実利は確かに大事だけれど、生き方死に方の美学も絡むからなかなか難しい。「往生際が悪かった」なんて少なくとも小生は言われたくないなあ。西郷先生の最後の言葉「晋どん、 もうここらでよか」、こういうふうに生きたい死にたい。

「平井君、さっきからグチャグチャ言っておるが、それは議論だろう。議論は局中法度だ、武士道にもとる。潔く逝き給え」

敗者であり賊軍だった新撰組が今なお愛されているのは美学ゆえだろう。「美人はとかく人騒がせ」、美しいものには妖しさもある。クスリ天国から地獄へ、清原沈没。

常在戦場、早朝、台湾高雄で大地震、同志諸君、カンパを! 自衛隊とハイパーレスキュー、準備を! 恩には倍返しを! イザ!

■2月7日(日)、朝は室温12.5度、少し緩んだ、快晴、ハーフ散歩。

夕べは親猿小猿来襲、11人で春巻、カツ丼、ポテトサラダなど。今朝は肉まん、雑煮、塩鮭、タラの粕漬け、イモと豆の炊き込みご飯など。板長は忙しい。

高雄大地震は土曜日、春節休暇入りで台日ともアクションが遅いようだ。義援金の送り先が分からない。ちょっと間が抜けているような・・・

これもまあヌルイ話だが、ビーグルのぬいぐるみを発注しようとしたら「売り切れ」。問い合わせたら「入荷予定なし」。困った。あれこれ思案していたらスヌーピーのぬいぐるみがあったので、写真を見ながらアクリル絵の具で着色。それらしくなり、定位置のソファの上において、毛布をかけたら、なんとなく愛犬のよう。

3Dプリンタで亡き人、動物の実物像などを創ればビジネスになるのではないか。リアルに動いて対話もできればなおさらいいが。未練と言えば未練だが・・・

北京政府は国際圧力をかわすために高官を訪朝させたが、その当日に北はミサイル発射を公言し、北京に恥をかかせた。北は上海閥=瀋陽軍区の縄張りだから、北京・習近平は手出しができない。中共凋落の象徴の一つだ。

ダニエル・リンチ/南カリフォルニア大学国際関係大学院准教授の論考「“中国の台頭”の終わり 投資主導型モデルの崩壊と中国の未来」(フォーリンアフェアーズレポート2016年2月号)抄録から。

<いまや中国はリセッションに直面し、中国共産党の幹部たちはパニックに陥っている。今後、この厄介な経済トレンドは労働人口の減少と高齢化によってさらに悪化していく。

しかも、中国は投資主導型経済モデルから消費主導型モデルへの移行を試みている。中国の台頭が終わらないように手を打つべきタイミングで、そうした経済モデルの戦略的移行がスムーズに進むはずはない。

でたらめな投資が債務を膨らませているだけでなく、財政出動の効果さえも低下させている。

近い将来に中国共産党は政治的正統性の危機に直面し、この流れは、経済的台頭の終わりによって間違いなく加速する。

抗議行動、ストライキ、暴動などの大衆騒乱の発生件数はすでに2000年代に3倍に増え、その後も増え続けている。経済の現実を理解しているとは思えない習近平や軍高官たちも、いずれ、中国経済が大きく不安定化し、その台頭が終わりつつあるという現実に向き合わざるを得なくなる>

こういう見方が世界で主流になってきたのは結構なことだ。だが、騙される人も依然として多い。

♪ジョコさん 泣いてんのね だから云ったじゃないの 新幹線が只なんて インチキ野郎の云うことを バカね 本気に本気にするなんて まったくあんたはうぶなのね 罪なやつだよ 習近平

習近平は世界中で大盤振る舞いをしていたが、インドネシアの新幹線はちょこちょこっと手を付けた後は放置せざるを得なくなるだろう。ただのリップサービス、宣伝みたい。他にも世界中でプロジェクトをぶち上げたが、それが完成した話はほとんど聞かない。アフリカへの援助も成功した話は聞かない。

デボラ・ブローティガム/アメリカン大学国際関係学部教授の論考「中国のアフリカ援助をめぐる4つの誤解」(朝日2/6)から。

<中国は50年以上前からアフリカに援助している。1960年代後半に建設が決まったタンザニアとザンビア間を結ぶタンザン鉄道建設への援助が代表例だ。

中国は近年、援助額を伸ばしてはいる。だが、主な先進国と比べるとまだ少ない。2007年のアフリカへのODAの金額は米国76億ドル、仏49億ドル、英28億ドル、日本27億ドル、独25億ドル。これに対し中国は14億ドルだ。

間違った印象が流布した一因は、世界銀行などの不正確な発表にある。世銀は中国のアフリカ援助額は1956年以降で「440億ドル」(平井:現在のレートで5兆円)としたが、実際は「440億人民元」(7900億円)だった。報道にも誤りがあり、これらを米国議会調査局も引用している。

中国はアフリカの豊富な資源の獲得も目指している。だが、そこで使われる手法は公的機関による無償援助ではなく、経済的な得失を考えた投融資の性格が強い。例えば、中国はアフリカの天然資源を担保に自国製機材を輸出し、その代金を資源で受ける。(平井:タンザン鉄道により中共はザンビアから銅を得た。典型的な資源外交)

これは1970年代に日本が中国に対して採ってきた手法だ。当時の中国では日本の融資を受けるかを巡り大変な議論になったが、自国の発展のための取引と判断して受け入れた。これに似た取引を、中国がいまアフリカに示しているわけだ>

手本は日本か。それなら師弟の礼をとるべきだろう。まったく無礼千万、斬り捨てご免だ。

中共のバラマキは基本的に援助でなく「投資」なのだ。常に見返りを狙っているから、ジョコに新幹線を約束したものの、投資を回収するまでにべらぼうな時間がかかるから早くもやる気なし。大盤振る舞いの姿を世界にアピールしたら、もうそれで終わりみたいだ。

発車ベルの鳴らない「新幹線ジョコ号」、日本にお鉢が回ってきそうな・・・習の尻ぬぐいかよ、憂鬱だな。

今朝から腹の具合が悪い。小猿の大騒音によるストレスだろう。愛犬は初孫が生まれるとストレスで血尿、血便になった。小生もそうなるか。散歩中にお腹がグルグルしてスーパーLに飛び込んだが、ついでに旨そうな初鰹といつものワインを求めた。

午後に日光結構猿軍団は機嫌よく帰っていったが、月、火曜日に小猿3匹がまた来るという、嗚呼・・・

■2月8日(月)、朝は室温11.5度、あまり寒くない、快晴、2/3散歩。寺へ寄ったらケキョケキョ、鶯の声。蝋梅と紅梅が盛りだった。墓掃除。町内会の花壇では菜の花がずいぶん咲いていた。

支那では「東の敵を叩くために、西の方を向いて罵る」という喧嘩作法があるそうだ。孫子の兵法第二十六計「指桑罵槐(桑を指して槐(えんじゅ)を罵る)」とは「直接相手を批判するのではなく、別の者を批判することによって、間接的に相手を批判する。槐=地位の高い人」。

上海閥・瀋陽軍区は習近平・北京政府を叩くために北朝鮮から西側社会へミサイルを発射させたのだろう。習の顔に泥を塗り、つまりは軍政改革に猛反発しているわけだ。

支那のネットでも「北は北京に向けていつ発射するのか」という書き込みがあったそうだが、おそらく真相は「北VS米国など国際社会」でも「北VS中共」でもなく、「上海閥・瀋陽軍区VS習近平・北京政府」、つまり権力闘争に違いない。

そう見ればいろいろなことがはっきりしてくる。北朝鮮では張成沢などの高官の粛清、弾圧が行われているが、上海閥・瀋陽軍区による「北京派つぶし」と見れば分かりやすい。

話は変わってバーニー・サンダースとヒラリーは接戦とか。彼は「民主社会主義者」を自任しているが、社会主義者=共産主義者だ。日本社会党と日本共産党を見れば分かるが、ともに根っこはマルクス・レーニンだ。社会党左派=向坂派は日共よりはるかに過激だった。

社会民主主義も定義があるわけではないが、「暴力革命や独裁は否定し、選挙、自由、民主主義は保障する。しかし大企業は国営化し、金持ちから税金を取って貧乏人に回す」というのがおおよその政策だ。自由主義市場経済を制限するもので、サンダースの民主社会主義も多分似たようなもの、貧乏人の味方、金持の敵だろう。

要はサンダースはアメリカンドリームを否定しているのだと思う。アメリカンドリームを結果的に体現できるのは1%(300万人)かも知れず、多くはレースで入賞を逃し、落伍する者もいる。

しかし、アメリカンドリームを目指すことが米国のパワーの源ではないのか。スタートアップ(外部からの資金提供を受けた起業、ローリスク)に挑戦する若者はとても多い。

努力しないでも社会保障でそこそこ生活できるとなれば、米国のパワーが削がれることになりはしないか。国を支える中間層=普通の人は競争の中で育ってきたのではないか。メダルは取れなかったもののしっかり完走した。

「(米国は)約40年前の1971年では、中間層が総人口の61%を占めていたが、2015年には中間層は若干ながら50%を切るところまで減少した。Pew(リサーチ)によると、今年の中間層の総人口は1億2000万人」(沢利之氏/元三井アセット信託銀行執行役員)。

小生自分を「7勝7敗1引き分け」だと思っている。勝ち組でも負け組でもない中間層だ。努力すればそれなりに報われる社会、自力更生の中間層を育てることこそが国力を増大させることになるはずだ。

そういう意味でサンダースの(低所得層の票を当て込んだような)社民的な政策は米国を弱体化させるだろう。緑の党に鼻面を引っ張られているドイツは斜陽化を始めるのではないか。(2016/2/8)

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