平井 修一
池田信夫氏の書評「田中角栄の『開発主義』の功罪:石原慎太郎著『天才』」(アゴラ2/17)から。
<問題なのは、田中の「功」だけを書いて「罪」を書いていないことだ。田中は財政投融資という「裏の予算」を活用し、鉄建公団で赤字ローカル線をつくり、道路特定財源で全国に赤字の高速道路網を建設した。首相になった翌年の1973年を「福祉元年」と呼び、年金支給額を毎年のように増額して積立方式を崩壊させた。
田中の開発主義は、(高度成長の)60年代までは時代にマッチしていたが、70年代に成長率が下方屈折すると慢性的な財政赤字の原因になった。田中の路線を転換するには、90年代に小沢一郎の構想した「小さな政府」への改革が必要だったが、彼はそれを実現する政治的な才能において「オヤジ」には遠く及ばなかった。
いま問われているのは、田中以来の開発主義から、いかに人口減少時代の低成長経済に転換するかという問題である。そんな時代に古きよき高度成長へのノスタルジアを語る本書は時代錯誤だが、大改革は日本的コンセンサスでは不可能だというメッセージはわかる>(以上)
「日本的コンセンサス」・・・村社会の「和をもって貴しとなす」「万機公論に決すべし」か。これでは「大改革はできない」かもしれない。
大改革≒急進主義≒革新≒革命≒「破壊と創造」だが、日本人は改正≒改良≒カイゼンを少しずつ積み重ねていく「漸進主義」が性に合っているのではないか。
大改革をしたらギロチンのフランス革命になりやすいし、“アラブの冬”のような大混乱を招きやすい。憲法破棄=暫定憲法=国民投票という大改革=回天を小生はしたいが、70年たってもそんな話はまったくなかった。これからもないだろう。こういう「大改革」は日本には合わないのだろう。
(血が流れないから、まあ、いいか、仕方がないと思う他ない)
明治維新も革命ではなく「王政復古」だし、急激に社会が変わったのではなく、維新(1868)から20〜30年かけて憲法を制定し、日清戦争(1894)でようやく列強に追い付いた。なんと維新から40年後に不平等条約を改正できたのだ。
チョンマゲがある程度なくなるまでに10年かかったが、島津久光は明治20年(1887)に亡くなるまでチョンマゲだった。明治帝が率先垂範してマゲを落とし、同様に明治帝が肉食をすることで国民も納得した(面白い国!)。
そうでなければ西洋列強の価値観が普及するには結構な時間がかかったろうし、お妾さんは法律で公的に認められていた(権妻)が、これが否定されたのにも、女性がパンツをはくようになるのにもずいぶん時間がかかった。
日本はそういう国柄だから「スピードの時代」であっても辛抱強く「漸進主義」でやるしかないのだろう。
米国は8年ごとの大統領選真っ盛りだ。2年間、血を流さない内戦をする。60万人死んだ南北戦争で懲りたのだ。これは米国の戦争で最大の被害者数だった。
2番目は日米戦争で米兵は10万人死んだ(欧州戦線は4万人)。「日本を100年間戦争のできない国にする」という占領方針は、米国にとって死活的(今の流行なら「核心的」)な意味が「あった」(冷戦開始と朝鮮戦争ですっかり方針転換せざるを得なくなったが)。
まったく蝸牛の歩みのような、まどらっこしい大統領選に米国が燃えるのは、選挙という方法でしか国の方向を決められないからだ。選挙を否定すれば内戦しかない。60万人の死者では済まない、600万人になるだろう。
選挙、民主主義は弊害はあっても、今のところはベストだ。これに代わるものがないのだ。日本の総理選出は、総選挙などを経るが大体、公然たるゴム弾ドンパチは1か月だ。24か月の米国とはずいぶん異なる。ともに叩き合っても血は流さない。いいシステムと言うしかない。
日本が「漸進主義」でダメなら、米国は「超漸進主義」だ。日本の総理は1年で交代することが続いたが、米国大統領は少なくとも4年は続く。その間は大統領批判は控える、という暗黙のルールがあるそうだ。
小生が思うに、政策に着手してから成果が出始めるのには最低4年かかる。小泉政権を観察していたらそうだった。
ビジネスでも3年は種まきだ。4年目でようやく目が出る。それは小生の経験でもあるけれど、大体そのようだ。
1986年、ANAはグアムに初の国際線定期便を開設した。それまでは航空会社の事業分野を定めた「航空憲法=45/47体制」に縛られて、「国際線定期便はダメ、時々チャーター便ならいい」となっていた。
当時のANA国際部長は確か山田さんだったが、「国際部はANAのお荷物」とずーっと言われ続けてきた。針のむしろだったろう。国際部は売上の5%しかなかったのだ。
それから30年、甘やかされてきた国策会社のJALは破綻し、再建途上。ANAは国際線でぐんぐん躍進し、元気いっぱいだ。
努力が成果として実を結ぶまでには何年、何十年もかかる。急いで大改革をすると「アラブの冬」のように転んで大怪我する。大体、完治しない。フセイン、ムバラク、カダフィを排除したらカオスになって、もう修復の見通しはない。
プーチン、エルドアン、習近平の支持率は80%ほどだろう。彼らに問題は多いが、とりあえず内戦は起きていない。血だらけになる大改革よりはジワリジワリの「漸進主義」の方がはるかにマシではないか(彼らにとって政権安定が最大の課題で、民生は二の次という感じがするが、殺し合いよりはるかにいい)。
マキャベリ曰く「安定をもたらす頑迷冷酷な独裁者と、混乱をもたらす穏やかな宥和主義者。どちらが指導者としていいか。言うまでもなく前者だ」。
まあ、そういうことだろう。日本的コンセンサスで一歩一歩やっていくしかない。千里の道も一歩から。急がば回れ。急勾配の近道は避けた方がいい。
中共もようやく崖っぷちまで来た。あと3か月もすれば、小生愛用の孫の手で背中を押せば谷底へ転落するかもしれない。クネの電報はこうなるだろう。
「旦那はイケナイ、私もアブナイ」♪「ほんとに儚い恋だったわね・・・」(すみだ川)。
まあ、この際だから一緒に消えてほしいものだ。(2016/2/18)