2016年02月21日

◆私の「身辺雑記」(315)

平井 修一



■2月18日(木)、朝6:45は室温11度、快晴だがかなり冷えている、ハーフ散歩。

中姉から電話、大姉の夫、つまり義兄が夕べ亡くなったという。入院しているとは聞いていたが・・・斎場が混んでおり葬儀の日程は後日知らせるとのこと。永らく心臓病を患っていたから、その関連かもしれない。

父が創業した食料品店は義兄が継いだ。しかしスーパー全盛時代になり、小さな食料品店ではどうにもならなくなり、義兄は惣菜店に業態を変えてなんとかやっていたが、繁盛しているようには見えなかった。

小生はビルを建て、コンビニを誘致する交渉を進める中で、大姉から「コンビニがそばにできたら生きていけない!」と猛抗議された。

「それなら一緒にコンビニ経営をしよう、資金の半分は俺が出すよ」ということになったのだが、大姉は座間市の平井家(小生の生地)の土地を担保に資金を得ることができ、自分たちで経営したいというので、「それならどうぞ」と小生はコンビニ経営からは手を引いた。

当時は編集プロダクション(趣味=天職)を立ち上げていたからとても忙しく、コンビニ経営にまで手が回る状態ではなかったし、そもそもコンビニ経営(商売=金儲け)にさほど(というか全然)興味はなかった。

義兄夫婦は水を得た魚のように必死で頑張り、駅前の有利な立地もあって、わが街で最初のコンビニは大成功、当時日販30〜50万円が「いい線」と言われていたが70万円にもなった。

儲かればやる気満々、元気百倍、やがて銀行が撤収した駅前ど真ん中のビルを買い取り移転した。義兄はBMWを駆って街の名士とともにゴルフに行くようになり、我が世の春、絶頂期、メデタシメデタシ。

ただ、仕事が楽しかったかどうかは別だ。義兄はこう言っていた。

「好きなものを仕入れて、値をつけて、売る。当たればうれしい。これが小売業の醍醐味だよ。コンビニは本部の言うままに発注して売るだけ。儲かるけれど面白くもなんともない」

そういう鬱屈もあったのだろうか、義兄は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とはならず、人をバカにするような横柄な態度を見せるようになって顰蹙も買ったが・・・

絶頂期は長くは続かない。好事魔多し、満つれば欠ける、2号店は撤収を余儀なくされ、近くに競合コンビニはできるは、心労もあったのだろう、心臓病にはなるは・・・人生は思うようにはいかないが、長男が跡を継いでいるから心配はないだろう。

まあ「人にドラマあり」だが、10勝5敗、2桁の白星だからいい人生だったろう。仏壇に線香をともし、父母に「義兄が間もなく天国へ行くから仲良くやってください、いろいろありましたでしょうが“恩讐の彼方に”ということでどうぞ」とお願いした。

夕刻、葬儀の予定が決まって、カミサンとの相談で10万円の香典ということになり、「義兄は10勝5敗でいい人生だったんじゃないか、俺は7勝7敗1引き分けだけれどさあ」と言ったら、化粧落とし中のカミサンは「何言ってんのよ、アンタは好き勝手にやって、13勝2敗でしょ」、ゴシゴシ。

「いや、俺はお前に拾ってもらってホントに感謝してるよ、3人も子供を産んでくれたし」、「まったくもー、アンタはホントに不細工な女に手を出して・・・私よりきれいな娘(こ)はいなかったわ」、ゴシゴシ。

髪染めのアンモニアの臭いもすごい、今度はブラシで頭をゴシゴシ、ゴシゴシ・・・「アンタ、怜子ちゃんが一番好きだったでしょ」ゴシゴシ、ゴシゴシ・・・全部バレバレ。

2敗?・・・カミサンには体固めで完敗し、怜子ちゃんにはすっかり逃げられたから2敗か。

この辺が奄美娘、愛加那の血なのだろう、島では夕刻になると年頃の男女は蛇皮線をもって海辺で戯れるのだ。やがてお腹が膨らんできた娘さんは「誰の子か?」と問われると「修一さん・・・」。男は拒否権がないから受け入れるのだ。

カミサンはそういう社会で育ってきたから、男があっちこっちでつまみ食いするのは、「まあ、そんなもの」と心得ているのだろう。通い婚?的な感じがあり、義父は(皇太子殿下・妃殿下が来島するまでは陸路が整備されていなかったので)海運業で稼いでいたから自宅にはたまにしか帰らなかった。

当然、あちこちの港に“いい人”はいたろう。それをあーだこーだ言う文化はない。“男の甲斐性”で皆納得していたろう。

それが女にも伝染しているのは「ちょっとなあ」という感じはある。熱帯の開放的な島ということもあって情熱的なカルメンが多いようだ。

(義父は義母にやたらとレコードを買ってきたそうだ、留守中は寂しいだろうからと。で、カミサンは“昭和演歌の女王”になった。知らない歌がない! 孫に伝染してみんな「ゆれーてゆれーて、ゆれてあなたのうーでのなーかー」とか、先日は「ちゅーおーフリーウェー」なんて合唱していた)

「男は稼いでナンボ」という価値観なのだろう。

奄美は恋にはいいところだが、男は責任を取らざるを得ない。恋の権利と扶養の義務。チンポ条約の片務的責任はすこぶる重い。

■2月19日(金)、朝6:30は室温12度、快晴、寒くはない、1年ぶりに多摩川河川敷を2時間ほどのんびり散歩。野鳥天国になっていた。

鴨、カモメ、オシドリ、シラサギ、圧巻は200羽ほどの川鵜の群が飛んできて目の前で着水。すごい迫力、ナショジオの世界だ。「せせらぎ館」で多摩川の魚を観察、「川」をテーマにした写真展を見物。とても面白かった。

日本戦略研究フォーラム政策提言委員/拓殖大学海外事情研究所教授・澁谷司氏の論考「李克強首相の孫悟空“如意棒”発言」も面白かった。

氏はユーモアのセンスが光る。ユーモアというオブラートに包んで「苦い」話をする。教授にしておくには実に惜しい人材だ。以下紹介。

<今年の春節明け、2月15日、李克強総理は国務院常務会議で「中国には依然、巨大な潜在力がある。・・・今年、世界の経済情勢は非常に複雑だが、(孫悟空の)“如意棒”を振り回して対応し、チャレンジしよう」と檄を飛ばしている。

早速、日本の一部マスコミは、その「如意棒」という言葉に飛びついた。昨年2月、やはり李克強首相は重要会議で、政治改革に関して「如意棒」云々と述べている。したがって、今回初めて使用した言葉ではない。李首相が毎年「如意棒」を出してくるのは、余程それがお気に入りなのだろう。

それとも、穿った見方をすれば、李首相は「如意棒」のようなモノで“マジック”を行わない限り、政治改革・経済改革などはできないと暗に示唆しているのだろうか。(平井:上手いなあ、座布団5枚!)

実際、今回の李発言には、具体的な中身がほとんど見当たらないのである。だから、マスコミが「如意棒」に飛びついたのは、ある意味、仕方ないのかもしれない。(中略)

結局、習近平政権は「新常態」(ニュー・ノーマル)と称してお茶を濁し、ずるずると景気を悪化させた。中国版“公定歩合”を見ればわかる通り、1990年以降、現在、最も景気が悪い。

来月(3月)開催される全国人民代表大会で、今度は「爆買い禁止令」(正確には「爆買い制限令」。1人1年間につき、10万元=約180万円まで海外への持ち出し可能)が制定されるという噂が流れている。

一般に、中国人は自国で生産されたモノを信じない。訪日中国人が日本で買物をする際、ブランド品でも「メイド・イン・チャイナ」であれば、それを避ける傾向にある。つまり、アッパー・ミドル(中流上位)の中国人らの海外での“爆買い”原因は、中国製品への不信感による。

しかし、アッパー・ミドルが海外で“爆買い”し、中国国内で売却すれば、個人輸入転売と同じ原理になるはずである。“爆買い”が国内消費を刺激する材料にならないだろうか。

だとしたら「爆買い禁止令」は“愚策”かもしれない>(以上)

爆買いする支那のお客様は「これは2ダース、あれは3ダース」と根こそぎ買うが、これには訳がある。

まず「お土産・贈答品」。コネの国だから親戚友人知人上司部下同僚同業者地縁血縁宗族ネットワークがすさまじく広い。常にプレゼントの在庫を用意しておかなくてはならないが、Made in Japan とか「一流」でないと誰も喜ばない。

次に「転売」。資生堂の“純正”和製化粧品が5000円なら支那では8000円で転売できる。高級品はもとより、ミルク、マスク、オムツまで Made inJapan とか「一流品」ならなんでも転売でき、そこそこの利益が得られる。

なんだかんだで15〜20万円かけて訪日しても半分くらいは元を取れるのではないか。実質10万円で、安くておいしくて安全安心な料理も楽しめるし、空気はいいし、緊張感ゼロ、のんびりできるし、ウォシュレットは当たり前、お風呂は銭湯/公衆浴場でもきれいだし。

(余計な話だが、シンシアリー氏によると韓国の銭湯は濁っているとか。汚れた体を洗うのだから風呂も汚れていて当然、という思考なのだという。風呂場のそばにあるトイレも同様だそうで、臭いそうだ)

「爆買い禁止令」で、爆買い(仕入/輸入)≒転売(小売/個人消費)にブレーキがかかったりすれば経済にとってマイナスだろうし、さらに転売して稼いだ金が再び「爆買い≒転売」になれば国内産品はちっとも売れないことになる。

いずれにしても「爆買い禁止令」(江戸時代の「奢侈禁止令」=質素倹約→不景気)は悪手、愚策、邪道になりそうな気配だ。今の中共のダッチロール経済なんて、とてもコントロールできない相談なのだから、この際「市場経済」に委ねるしかないだろう。中共独裁はオシマイになるしかないけれど。

■2月20日(土)、朝7:00は室温14.5度、曇、寒くはない、ハーフ散歩。

好きなものがあるのは生き甲斐になるからいいとは思うが、漢族のカネへの執着、これはもうほとんど病気のレベルだ。世界日報2/18「ウィーン発コンフィデンシャル:国連機関のトップに4人の中国人」から。

<西アフリカのシェラレオネ出身のユムケラー氏が2期8年間(2005〜13年)を満了し、国連工業開発機関(UNIDO)から潘基文国連事務総長が新設した「全ての人のための持続可能なエネルギー」(SE4ALL)機関の事務総長特別代表に就任した時、「悪評が絶えなかったUNIDOも、夜明けを迎えるかもしれない」と楽観的な声が職員の一部から聞こえた。

欧米主要国、米、英、加、豪、仏、乳などはUNIDOの腐敗と運営の非効率性に嫌気がさして次々と脱退していった。ユムケラー時代は最悪の状況だった。

ユムケラー氏の後任に中国の李勇財政部副部長が2013年6月、選出された後、UNIDO内でも中国人の登場に期待の声があった。しかし、李事務局長がトップに就任した後も加盟国の脱退は続いた。ベルギーが脱退し、ギリシャ、デンマーク両国は今年末までには脱退する、といった具合だ。

李氏はここにきて事務局の機構改革に乗り出している。「昨年の国連総会で気候変動への対処など17の目標が設定された。UNIDOはその目標を担う重要な課題を担っている」と述べ、国連の新目標設定を契機にUNIDOの浮上を目論んでいる。

ここまでは良かったが、「李事務局長が前任者の不法行為への調査を止めさせた」という内部告発文書が明らかになったのだ。

それによると、ユムケラー氏がSE4ALL事務総長特別代表に就任後もUNIDOのコンピューター、携帯電話などを使用し、月平均1万ユーロの経費をUNIDO予算から捻出させていたというのだ。

内部監視局が調査に乗り出そうとしたが、李事務局長がそれをストップさせたのだ。同内容が伝わると、「なぜ李事務局長は前任者の腐敗を隠蔽するのか」といった声が出てきたわけだ。

国連外交筋は、「前任者のユムケラー氏と李事務局長の間でなんらかの取り決めがあったからだろう」と受け取っている。換言すれば、中国人のトップ選出を支援する代わりに、何らかの経済的援助を実施する、といった一種の闇取引だ。

興味深い点は、国連機関で前任者がアフリカ人事務局長の場合、後任に中国人が選出されるケースが増えていることだ。ジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の事務局長はマリ出身のトゥーレ氏から(代わって)中国人の趙厚麟事務局長が今年1月1日に就任したばかりだ。

その他、カナダのモントリオールに本部を置く国際民間航空機関(ICAO)は中国の柳芳氏が昨年8月から事務局長を務め、世界保健機関(WHO)の陳馮富珍事務局長を含めれば、国連機関の事務局長に4人の中国人が就任している。

中国はアフリカ51か国で2650余りの開発プロジェクト(総額940億ドルと推定)を進めている。中国は巨額な開発支援をアフリカに投入する一方、その引き換えにアフリカ諸国から国際機関のトップ選出で支援を受けるなど、強かな外交を展開させているわけだ。

蛇足だが、ウィーンの国連関係者は、「日本はUNIDOでは中国の李事務局長の願い通りに資金を提供している。それも何の引換えも要求せずにだ。日中両国は歴史問題などを抱えて政治的には険悪な関係だが、UNIDOでは日本は中国の忠実な資金提供者となっている」と指摘する。

先の国連外交筋は、「日本外務省の窓口ともなっているUNIDOのナンバー2、西川泰藏事務局次長と李事務局長との関係は不思議なほど良好だ」と述べ、中国側の得意の“裏外交”の成果と示唆した>(以上)

西川泰藏氏は経済産業省出身。昨年初めから「日本もUNIDO脱退か」という観測が流れていたが、どうも立ち消えになったのは“毒月餅”の効果なのだろうか。

サーチナ2/17「中国で『ステルス賄賂・ステルス接待』が多発 当局の粛正に対応して『進化する腐敗』」から。

<習近平が綱紀粛正の「八項規定」を2012年12月の党中央政治局会議で発表してから3年間以上が経過した。13年6月には、形式主義、官僚主義、享楽主義、奢侈を「四風(4つの悪風習)」として、改めて根絶の対象とした。

しかし現在も「四風」は、「ステルス賄賂・ステルス接待」として「手を変え品を変える」など“進化”しつつあるという。

京華時報によると、2015年に調査の対象となった「四風」や「腐敗」案件は約8万件で、9万人が処罰/処分された。

地位のある者などに、不正に便宜を図ってもらう際、金品を堂々を渡す例は減少したが、「ステルス賄賂・ステルス接待」の手口が、しばしばもちいられる。

これまでは、職場の執務室に「プレゼント」を持って行ったり、人目を避けたい場合でも「夜中にこっそりと自宅に行く」程度だった。しかし現在は、自動車で人通りの少ない場所に行き、「窓越しに渡して、各自がそれぞれの方向に自動車を運転して去る」など“スパイ大作戦”もどきの方法が用いられているという。

また、従来ならば「贈賄側が収賄側に足を運ぶ」ことが常識だったが、現在は金品を受け取る側が、渡す側の家に「代理人」を派遣する場合がある。「普通の客」として世間話などをして、折を見て金品を受け取って退去するという。

さらに接待でも、高級レストランや高級ホテルは利用しない。個人所有や貸し切りの部屋を用いて「たらふく飲み食いさせる」ことが増えたという。

中国では、春節(旧正月)の際や何かの折に、「紅包(ホンバオ)」と称して、金銭をやりとりすることがある。日本の「お年玉」と同じ意味合いだが、大人の場合にも一種の「御祝儀」として授受をすることがある。最近では、公務員の「紅包」は禁止される地方が増えた。

雲南省昆明市の共産党委員会も指導幹部の「紅包」の授受を禁止した。しかし調査の結果、60人以上が「紅包」のやりとりをしていたことが分かった。うち1件は「自腹」ではなく公金80万9000元(約1420万円)を「紅包」に流用していたという。

◆解説:中国において「飲食の接待」は、相手に「肉体的にいい思い」をさせるだけでなく「相手の面子(メンツ)を尊重」していることを示す行為とされる。それだけに、根絶しづらい問題との見方もある。

逆に、接待される側も、「自分が接待を受けることは、接待する相手の面子を立てること」との感覚が強い。

不正といった、昨今では特に「ステルス性」が求められる行為では、相手との信頼関係の構築はなおさら重要であり、そのためにも「きちんと接待を受け、接待する側の面子を立てておく」ことが大切になる。

いずれにしろ、根絶はかなり困難ということになる。(編集担当:如月隼人)>(以上)

贈収賄は支那人の伝統文化、儀礼、経済潤滑油。上に政策あれば下に対策ありで、遂には最高難度のアクセルジャンプ級「ステルス作戦」に進化したようだ。

オカネ大好き、オサケ大好き、オ○コ大好き(出世のため上司や取引先に奥さんをプレゼント。奥さんも納得ずく。日常茶飯事のようで、何清漣氏が「支那人のモラル低下ここに極まった」と嘆いていた)、病膏肓。

上手くいくのも運次第、ばれたらばれたで、これまた運次第。「没法子」(メーファーズ)、しかたがない、しょうがない、運がなかった、諦めが肝心。人間万事塞翁が馬、天命次第でなるようになる。羞恥、反省、遵法、道徳なんてまったくない。いやはやスゴイ民族だ。(2016/2/20)
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