2016年02月25日

◆国難に際して:泣き虫政治家奮闘記

MoMotarou

 

新春早々より政治家の質を疑うような事件が頻発します。イクメン代議士の浮気騒動等は頭が可笑しくなります。注目点は自民党の議員の場合のみ大騒ぎになること。

 例えば民主党などの場合は総理の犯罪でも(菅元総理のこと)マスコミは知らんふりで追及が甘い。国民は民主党等の質問や追及姿勢は国益に叶っていないと知っています。テレビ局の視聴率稼ぎに騙されてはいけません。阿保らしくなってきた。消費税・受信料など払う気がしないぞ!

               ☆彡

■運命を開く(安岡正篤 人間学講話「運命を開く」 プレジデント社より)

(開始)
・・・・・世界の奇蹟と言われるほどに日本を発展・勃興させた明治時代の政治家と、今日の議会などを通じて見る政治家とのどこに相違があるか。第一の相違は、この情緒・精神の問題です。至醇な熱烈な情緒・精神というものを、今どきの政治家は持ち合わさない。持っている人がまことに少ない。これがたくさん出てくれれば世の中は問題ないのです。必ず良くなるのです。

 (橋本)左内十五歳の時の彼の感想から思いついて申しますと、たとえば明治時代の政治家・大臣などは、ひとたび天下国家の事になると、よく泣いた。今は天下国家のために泣く、人民のために泣くなどという政治家は少なくなりました。

●日露戦争の頃、、、                  
 桂首相の秘書官であった中島久万吉(くまきち)翁の話に、当時、なにしろ皆、昂奮して何かというと激論が多かった際に、桂さんや小村さん(寿太郎。外相)が抱き合って泣いている光景をよく見かけることがあった。いま国事を憂えて抱き合って泣く政治家がいましょうか。

 築地の料亭「瓢家」の女将(おかみ)の話。これも日露戦争に関係してのことですが、その当時、一の急務は軍費の調達で、外国の借款に成功しなければならない。誰かアメリカからイギリスへ行って、急遽借款をまとめてこなければならぬ。それで白羽の矢を立てられたのが、高橋是清(これきよ)さん(一八五四〜一九三六、日露戦争当時の日銀副頭取。のちに蔵相、首相)でありました。

 幸いに彼の地で成功して帰ってこられたのですが、この高橋さんが、外国借款について、桂さんたちから説得せられたのが築地の瓢家においてでありました。 

●ここの女将が、、、
 なかなかの女傑でありまして、この女将が老病で重態になったということを聞いて、高橋さんが瓢箪(ひょうたん)をさげて見舞に行った。「実は、見舞に瓢箪というのは、おかしいようだが、これは大いに意味がある。それは、わしが、もう一世一代の心血をそそいで苦労したのが日露戟争の時の借款だ。ロンドンで、これをまとめて、やれやれと重荷を下ろした気持で、ふと街を散歩したところが骨董屋がある。そこに日本の瓢箪がかかっていた。

 懐かしく思って、記念に買ってきた。というのは、わしが任命されたのは、この瓢家であったから・・・。そこで思い出してお前の土産(みやげにと思って買ってきたのだが、それっきり忘れとった。今、お前が悪いと聞いて思い立って、記念にこれを持ってきた」こう言って、その瓢箪を与えました。

●すると病床の老女将、、、
 むくむくと寝床から起き上がって、「ああ思い出しました。そのとき、私はまだ若いお酌の時代で、何だか分らなかったけれども、ある晩、総理大臣をはじめ偉い方々が奥の部屋にお集まりになって、用事があったら手を叩くから、そのときは酒を持ってこいと言われて、お手が鳴ると恐る恐る銚子を運んだものです。

 そこへ貴方がおいでになって、何だか非常に真剣な、私たちでさえハラハラするような空気で、長い時間秘密のお話がありました。やっとまたお手が鳴ったので、お銚子を持って行ったところ、皆さんが貴方に、『よく引き受けてくれた』と、泣いてお礼を言っておられた。

●何も分らなかったが、、、
 自分もその光景に非常に感動しました。今、貴方のお話をうかがって、そのときの光景をまざまざと思い出します。しかし、その時分に比べて、近頃の政治家たちは、ありや一体なんですか。こんな政治で日本の国はもつのでしょうか。私ゃ気がかりで仕方がない」と、重態の老女将、大の憤慨です。

 高橋さんはびっくりして、「そう怒るな、体に障(さわ)るぞ。まあまあ、そんなことは俺に任せとけ」と言って、やっと寝かして帰ってきたということです。これは中島さんが高橋さんから直接聞かれた話だそうです。

●こういう、国家とか、民族とか、、、
 世の中の為ということに、純潔熱烈な感情・気概が、市井の人々にも豊かにあったのが明治の好いところです。 近来、教育ある人々は、一般に、人間の大事な機能をもっぱら知性・知能として、頭が良いということを一番の誇りに考えてきました。

 そして情緒とか気概というようなものを割合に軽視しました。ところが、最近やっと心ある学者たちも、〈むしろ人間に大事なものは情緒である〉ということを証明するようになってきました。

〈頭が良いということより、情緒が良いということが大事である。むしろ、優れた情緒の持ち主であってこそ本当に頭も良い〉

ということを説くようになりました。これは最近、学問の趨勢の顕著な一例です。(終)・・・・・


■因果応報か?
 代議士にも「のっぺらぼう」みたいな顔が増えた。今なら故水木しげるさんも妖怪発見には困らないだろう。安倍総理は二度目の挑戦前からすると顔つきが変わってきた。イケメンではないが味があると思う。国会も合コン会場ではないしワイドショウ・ニュースショウごでもない。野党代議士は日本人かと思うような質問もする。やはり教育が悪かったのだろう。

(のっぺらぼうそのものは存在せず、ムジナ、キツネ、タヌキなどの動物が人を驚かせるために化けたものといわれることが多い)
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