平井 修一
産経3/11「J・アワー氏講演要『日米の連携強化が不十分だと、中国は軍事行動で覇権を握る試みに出る』」から。
<終戦前から日米同盟の重要性を訴えていた学者に、米エール大学のニコラス・スパイクマン教授という人物がいる。スパイクマン教授は1942年に出版した著書の中で、ソ連の覇権による危険性を警告しており、「アジア太平洋地域で良好なパワーバランスを維持する唯一の方法は日本と同盟を組むことだ」と勧告していた。
当時は日米は戦争中で、著書の内容は多くの米国人にとっては考えも及ばない内容だったが、その正しさが後に判明する>(以上)
スパイクマンという地政学者がいたとは知っていたが、戦前に“日米防共協定”を結べと言っていたとは驚きだ。で、ネットで調べたら坂元一哉・大阪大学大学院法学研究科教授の2012年の講演原稿「米国新戦略と日米同盟」があった。とても勉強になったので、一部を引用する。
<*はじめに
アメリカ大統領選挙の討論会を見ておりましたら、オバマ大統領が例の「ピボット」という言葉を使って、政権のアジア重視政策を説明していました。「ピボット」という言葉は、国務省がバスケットボール好きの大統領に気に入ってもらえるように考え出した言葉だ、とまことしやかにいう人もいます。
真相はともかく、たしかにこの言葉はバスケットボールの「ピボット・ターン」をイメージさせます。
昨年、クリントン国務長官がこの言葉を使ったところ、すぐにヨーロッパは懸念を示しました。おそらく、いままで中東、ヨーロッパの方(西の方)を向いていたアメリカがアジアの方(東の方)に、くるっと向きを変え、中東、ヨーロッパには背中を見せる、そういう「ピボット・ターン」のイメージがあったからでしょう。
国務省はすぐに、いや「ピボット」ではなく「リバランス」、すなわち重心の移動だ、といってヨーロッパの不安をいくらかでもなだめようとしています。
「ピボット」という言葉ですが、国際政治学的にはどうでしょう。私は、他に連想するものがあります。
イギリスの地理学者、ハルフォード・マッキンダー卿が1904年に書いた有名な論文“The Geographical Pivot of History”(地理学からみた歴史の回転軸)のなかで使っている「ピボット」(回転軸)という言葉です。
マッキンダー卿は、ユーラシア大陸のステップ地帯とその北の森林地帯(つまり中央アジアとシベリア)を、世界史を動かす中軸の地域だとして、「ピボット・エリア」と呼びました。このマッキンダーの言葉が、19世紀末に誕生した地政学の発展に、大きな影響を与えたのは、みなさんご存知の通りです。
そしてそのマッキンダーの地政学でいう「ピボット」からの、そのまた連想、地政学つながりで、私がこんどのアメリカの新戦略を理解するのに役立つと考えるのが、戦前、戦中、イェール大学で国際政治学を教えた地政学者、ニコラス・スパイクマン教授の1942年の著書『世界政治におけるアメリカの戦略』(Nicholas J. Spykman, America's strategy in WorldPolitics)と、その本の表と裏の扉に添付してある同じ一枚の世界地図です。
今日は、この地図(平井:行方不明だが米国中部のミズーリ州セントルイスを中心にしたもの。いずこの国も自国を中心にする)を見ながら米国新戦略の性格を考えつつ、今後の日米同盟の発展強化のために何が必要か、思うところをかいつまんでお話したいと思います。
1 時代をどう見るか(略)
2 地政学的視点
台頭する中国に対する米国の警戒、その警戒に対する中国の反発。結果としての米中対立。いまわれわれの目前にあるこの状況は、かなり構造的なものだと私は思います。
一国の力の興隆に対する他国の警戒、という万古不易の国際政治の一般論はもちろんとしまして、三つほど要因があるのではないでしょうか。
一つは、対テロ戦争が収束に向かいつつあること。つまり米中が共通の敵を失いつつあることです。(平井:IS登場で情勢は悪化)
もう一つは、アメリカがリーマンショック後、国内製造業重視、輸出重視の経済政策をとろうとしていること。これは輸出主導の経済発展を行っている中国との経済摩擦を引き起こしやすくします。
ただ、オバマ政権が中国と対峙する姿勢を明確に打ち出すようになった、その最も大きな要因は何かといえば私は、アメリカの世界戦略に対する中国の挑戦だろうと考えます。
すなわち世界のパワーバランスに重大な影響を与える地域の支配を敵対勢力(平井:アジアでは中国)には許さないという(米国の)基本戦略への(中国の)挑戦です。
その挑戦は、2010年3月、訪中したスタインバーグ国務副長官に対して、戴秉国国務員が伝えた、「南シナ海も中国の核心的利益」という言葉で明らかになります。
そのちょうど一年前、南シナ海の公海上で中国艦艇五隻が米海軍の音響測定艦「インペカブル」を取り囲み、その航行を妨害しています。また、南シナ海で中国が周辺諸国と深刻な領有権問題をかかえているのは周知の事実です。
だからアメリカにとって中国外交の実力者の口から出た、この「核心的利益」という言葉は決して穏やかな言葉ではなかったのではないでしょうか。
この言葉に対抗して米国新戦略の最初の「鬨の声」をあげたのがクリントン国務長官でした。長官は2010年7月、ASEAN地域フォーラム(ARF)において、「南シナ海の航行の自由は米国の国家利益」と明言いたしました。
「南シナ海」、そして「航行の自由」という二つの言葉は、とても重要な言葉です。この二つは直接的、また間接的に、20世紀アメリカの二つの大戦争の原因になりました。
まず「航行の自由」あるいは「航海の自由」は、第一次世界大戦にアメリカが参戦する大きな原因でした。アメリカは1917年、ドイツの無差別潜水艦作戦再開に反発して参戦します。
アメリカの戦争目的を示したウィルソン大統領のいわゆる「一四か条」の二番目に、この原則があげられていたのは周知の通りです。
次に「南シナ海」の方は間接的ですけれど、アメリカの第二次世界大戦参戦の原因になりました。というのも、日本を真珠湾攻撃に踏み切らせたのはアメリカの対日石油禁輸ですが、この禁輸は日本軍の南部仏印(ベトナム南部)進駐に対抗したものでした。(平井:当時フランスはドイツに占領されていたので、ドイツと同盟している日本は進駐できた)
なぜ南部仏印進駐をアメリカは許せなかったか。それはアメリカが、日本の進駐を、東南アジア全域を制覇するための第一歩と解釈し、シンガポール、フィリピン、香港といった「南シナ海」にある英米のアジア前進基地、あるいは領土(植民地)に対する重大な脅威と受けとめたからです。
「南シナ海」と「航行の自由」という二つの重要な言葉が出たところで、スパイクマン教授の地図をご覧ください。米国の新戦略に関連して、この地図を紹介する理由はいくつかありますが、まず第一は、この地図を見れば「南シナ海」の戦略上の重要性が明確になることです。
スパイクマン教授も、マッキンダー卿の考えにならって、ユーラシア大陸(平井:ヨーロッパ+アジア)、世界最大のこの大陸が敵対勢力に支配されないことを米国および南北アメリカ、つまり新世界の安全保障の要諦と考えました。
マッキンダー卿がユーラシア大陸の中の「ピボット・エリア」を重視したのに対して、教授は、ユーラシア大陸の周辺部、「リムランド」と名付ける部分をパワーの中心として重視します。とくに東は中国沿岸部、西はヨーロッパ、そしてこれは潜在的にですが、インドの重要性を認識して、米国の戦略を考えたわけです。
そのことはよく知られています。しかし、それほど知られていないのは、教授が世界における「三つの地中海」の戦略的重要性を強調していることです。五つの大陸の結節点であり、世界をコントロールするための要所となる三つの海です。
この「三つの地中海」の一つは言うまでもなくヨーロッパにある地中海、ユーラシアとアフリカ大陸を分けます。
もう一つは教授が「アメリカの地中海」と呼ぶカリブ海とメキシコ湾のことです。これは南北両アメリカ大陸を分けます。
そして三つ目が台湾、シンガポール、そしてオーストラリアのヨーク岬を結ぶ線に囲まれた「アジアの地中海」("the Asiatic Mediterranean")で、ユーラシアとオーストラリア大陸を分ける海です。この「アジアの地中海」の大部分を占めるのが「南シナ海」なのです。
スパイクマンの地図を見ればユーラシア大陸を取り囲む海の動線の一部として「アジアの地中海」すなわち「南シナ海」が、そしてそこにおける「航行の自由」、つまり米国の商船と艦船の通行の自由が、たんにアジア戦略だけでなくアメリカの世界戦略にとっていかに大切なのかが、よくわかります。
世界のあらゆる地域へのアクセス、自由行動は、海洋国家アメリカの世界戦略を支える基盤です。
米国西海岸カリフォルニア州のサンディエゴを出て、ハワイ、グアム、そして日本、台湾、フィリッピンの近くを通り(ときには立ち寄って)南シナ海に入り、シンガポールを抜け、インド洋へ抜ける海の道。
いまなら軍艦はディエゴ・ガルシアで補給を受けて、ペルシャ湾、ソマリア沿岸、紅海とスエズを通り地中海に入ることができる。米国海軍第五艦隊の本拠地はペルシャ湾のバーレーンにあります。紅海の入り口のジブチにも基地がある。
地中海に入ればイタリアのナポリに寄り、ジブラルタルを通って、大西洋を横切り、東海岸バージニア州のノーフォークに帰る。
そういう、ユーラシア大陸の周辺をアメリカから見て時計回りに回る重要な動線が、この地図でよく見て取れます。
もし中国が、「核心的利益」という言葉でもって「南シナ海」をあたかも中国の内海にするかのような態度をとれば、それは米国の世界戦略に対する重大な挑戦になってしまう。そのことをこの地図は如実に示すのです。
アジア重視の米国新戦略、そのなかでの「南シナ海」の重要性を端的に表現しているのは、今年(2012年)1月の国防総省文書「米国世界指導の維持 “Sustaining US Global Leadership: Priorities for 21st CenturyDefense”」のなかの一文ではないでしょうか。
すなわち、アメリカの安全保障と経済利益は「西太平洋と東アジアから、インド洋地域と南アジアに続く弧」の発展と分かちがたく結びついている、という一文です。この弧の中心になるのが「南シナ海」です。
新戦略についてよく、アメリカはアジア太平洋に「軸足」を移した、といわれますが、より具体的に、アジア太平洋のどこに「軸足」を移したかと問われれば、それは「南シナ海」だ、と答えるのがいいのでしょう。
スパイクマン教授の地図を紹介する別の理由は、教授が「南シナ海」周辺の地域、つまり東南アジア地域はアメリカにとって原料資源の最大の輸入先であり、アメリカと世界の繁栄に欠かせない場所だとして、経済的にも重視していることです。
いまはヨーロッパによる植民地支配の時代ではありませんし、他の地域での資源開発や技術の発展で、その意味の経済的重要性は相対化されましたが、市場、投資先としての価値は急速に高まっており、オバマ大統領が少年時代を過ごしたインドネシアをはじめ東南アジア諸国の経済発展は世界経済にとって大きな希望になっています。
アメリカはこの地域との貿易や投資で中国に遅れをとっていることもあって、今後は経済関係を確実に深めていきたい地域のようです。
もう一つ、この地図を紹介する理由は、スパイクマン教授の予言にあります。教授はアメリカにとって重要な意味を持つ「アジアの地中海」をコントロールするのはイギリスの海軍力でもなければ日本の海軍力でもない。はたまたアメリカの海軍力でもない。もしこの海をコントロールするものがあるとすれば、それはこの海に面して陸上に基地を多数確保できる、中国の空軍力に違いないと述べているのです。
空軍力を三次元の戦争遂行能力と考えて、ミサイルを付け加えますと、最近中国の空軍力は伸長著しく、自信も増大しているようです。航空戦力の方は、まだアメリカと日米同盟の敵ではありません。しかし台湾海峡沖などに展開する数多くのミサイルは大きな脅威になっています。
アメリカが東アジアに展開する米軍の分散を行っているのも、このミサイル対応という側面がありますし、このミサイルと海空軍力による中国の接近拒否戦略を打ち破ることを一つの大きな理由として、いわゆる「エア・シーバトル」の強化にもとりかかっています。
「南シナ海」を中国がコントロールするような事態、スパイクマンが予言するような事態はなんとしても避けたいからでしょう。
スパイクマン教授も、米欧諸国の努力次第で、中国が「南シナ海」をコントロールし東アジア全体を支配することを防ぐことはできる、と考えていたようです。『平和の地政学』という本は、教授が49歳で亡くなった(1943年)翌年に、残したノートや地図などを集めて出版された本ですが、この本には次のようにあります。
「もし西洋の主要国が地球上の全地域に影響力を残しておこうと考えるのであれば、自分たちの基地を海にある島国の上に設置する必要がある。中国という国家が必然的に持つことになるパワーの限界という点から考えてみると、このような島国にある基地は、将来中国が極東を完全支配しようとする動きに対抗するための備えとしてはおそらく十分であろう」
「基地を海にある島国の上に設置する必要」というのは、この本が書かれた後の歴史を知っているわれわれにとって、とくに興味深いところです。
ともかく「南シナ海」から見た米国のアジア重視新戦略は、中国への軍事的対抗という色彩が濃いものです。これはさすがにスパイクマンが予言するところではありませんが「南シナ海」は、中国が将来、SLBM搭載の原子力潜水艦を潜航させるのに適していますから、そのことへの軍事的警戒も要ります。
米国の新戦略は、軍事だけでなく、政治的、経済的にも、中国との競争の姿勢を明確にしています。オバマ大統領は2011年11月、オーストラリア・キャンベラでの演説で、アメリカは、中国との協力的な関係を続けるが、国際規範の重視や人権の大切さについては言わせてもらう。
すべての国は自分で自分の進む道を決めるが、言論、出版、集会、宗教、それに「市民が自分たちの指導者を選ぶ」自由は人間の普遍的な権利である、などと述べて、中国に変化を促し、ありていにいえば喧嘩を売っているわけです。
またTPP 、もちろん米国の貿易推進策ですが、同時に中国がその経済力でアジア太平洋諸国に独占的な影響力を持つことがないよう、アメリカ主導で経済グループをつくろうという構想です。
そういう新戦略を中国封じ込め戦略と呼ぶべきでしょうか。私はまだそこまではいっていないと思います。
中国の現在の力と最近明らかになりつつある経済発展の限界、あるいは格差、腐敗など国内のさまざまな矛盾、そして何より世界を指導する理念やイデオロギーの欠如。それらを考えると、中国がソ連のような世界覇権を求める力、ユーラシア大陸を制圧するかもしれないような力を持つ可能性は低い。アメリカは中国を、そう見ているのではないでしょうか。
つまりまだ「封じ込め」という言葉を使うほどの脅威ではないということです。
それで私が、この新戦略の性格について、たぶんそういうことなんだろうと思うのは、コロンビア大学のウォルター・ラッセル・ミード教授の見方です。要約し、少し言葉を足しますが、つまるところ、
「アジア・太平洋における、米国を中心とした自由と繁栄の国際システムに参加するようアジア諸国を誘うとともに、中国に対しては、地域覇権追求を抑止しつつ、そうしたシステムのフルメンバーになる選択肢を与えている」
ということではないか。対中「封じ込め」というより、条件付きの「取り込み」が目的なのだと思います。条件というのは、中国政府が軍事行動を自重する。国内における自由と人権を重視し、国際法と国際規範を尊重する、といったことです。
京都大学で国際政治学を教えた高坂正堯氏も、1965年に出した処女作『海洋国家日本の構想』のなかで、日本にとってのアメリカとの連携、安保条約、日米同盟の地政学的意義を似たような視点から、次のように述べています。
「巨大な隣国から自己の同一性を守ることは実にむつかしいことなのである。日本が東洋でも西洋でもない立場をとろうと思うならば、遠くの力とより強く結びついて、近くの力と均衡をとる必要がある」
いま巨大な隣国の力がさらに拡大するなか、日本はますます遠くの力、つまりアメリカと強く結びつく必要があります。そして遠くの力(アメリカ)の方も、日本に近いところにある力(中国)の急速な増大を警戒し、日本とのより強い結びつきを必要としている。つまり日米どちらにとっても同盟の強化が求められています。
それで同盟強化のために何が必要か。これは日米双方の努力でもあり、さまざまな具体的議論が必要ですが、とりあえず日本の努力で大事なことをあげておきます。
一つは、米国の新戦略をよく理解し、それにシンクロする日本自身の外交・安全保障戦略を持つこと。そして日米同盟をその二つの戦略に基づいて運営していくノウハウを強化していくことです。戦略のシンクロナイゼーション、擦り合わせ、といってよいでしょう。
これは日米両国が、日米同盟を日本の平和と安全だけでなく、広く東アジア、さらには世界の平和と安全の維持、あるいは自由と繁栄の秩序形成に資するように使っていくことにつながります。
この点、「西太平洋からインド洋への弧」を重視する米国の新戦略。その弧が、インド洋から先、中東、アフリカへも伸びるとして、日本は「自由と繁栄の弧」という概念をブラッシュアップするのも一つのアイデアでしょう。
海賊対策やPKO、あるいは災害対策など、戦争以外の軍事行動も含めつつ、官民あわせての海外経済協力をおこなって、その弧のなかにある国々の、発展と安定を助けることで米国と協力していく、といったことです。
すでに日本は、シンガポール、インド、あるいはオーストラリアとの防衛交流を開始し、東南アジア諸国の海賊対策に協力し、ソマリア沖でも国際的な海賊対策に参加し、ジブチに基地をつくり、中国が石油の輸入先として関係を深めているとスーダンから分離した南スーダンにPKOを派遣しています。
最近は、ODAを利用して南シナ海・スカボロー礁の領有権をめぐって中国と対立するフィリッピンに大型巡視船を供与しようともしています。私がいわなくても、すでに日米の「擦り合わせ」ははじまっているのかもしれません。
次にコスト負担増の覚悟も大事です。日米同盟の強化は、かけ声や精神論だけではだめで、それなりにコストがかかる。アメリカの方は、軍事予算がさらに削減されることもありそうなので、日本の防衛予算を増やすことが、一層大切になります>(以上)
この講演からの4年間で、世界は急激に揺らいだし、中共は自制心を失ったように凶暴化を深めている。日本は集団的自衛権を行使できるようになったし、米国は南シナ海で自由航行作戦に踏み切り中共を警告している。アジア版NATOという長城、包囲網でしか中共の暴発は防げない。一旦緩急あらば義勇公に奉じる国民の覚悟が必要だ。(2016/3/14)