2016年03月18日

◆富豪トランプ氏にみる大統領選の「歪み」

猪木 武徳


米国の大統領候補者選びの経過を見ていると、所得や資産の格差拡大への強い不満が米国社会に広がっていることがわかる。当初は泡沫(ほうまつ)候補とみられていたサンダース氏への根強い支持は、格差問題を抜きにしては説明がつかない。昨年冬に日本のメディアを賑(にぎ)わした「ピケティ現象」は、政治の世界にも強い影響を与えたのだ。

 ≪高収入は悪とする意識の広がり≫

ピケティ氏の格差論をめぐっては現在も研究者の間で論争が続いている。ただ、社会良識から考えて、現今の格差是正の政策論には改めて問題とすべき点が多い。

ひとつはピケティ氏の分析が「トップ1%の高所得者」に焦点が当てられ、高い所得や資産に課税し、いかに彼らの所得の低下を図るかが論じられている点だ。

しかし重要な社会問題は、極端に低い所得に苦しむ貧困層の現状であって、高い所得を得ている者の所得自体を減じることを政策目標とすることは妥当ではない。

もちろん貧困層への政策対応には財源が必要であるから、累進的な課税の問題を避けて通ることはできない。だが、高所得自体が望ましくないという形で課税の議論が進むと、高所得を得ることが倫理的に悪であるかのごとき錯覚を与えてしまう。実際、ピケティ氏は「資本からの収益には、企業家の労苦、純粋な運、そして公然たる窃盗の3つが分かちがたく絡まっている」と述べているのだ。

米国はこうした問題を放置してきたわけではない。既に20世紀初頭から、大統領や下院議員の選挙における銀行からの州を越えての寄付を禁じ、上院・下院の選挙では寄付者名簿の公表を義務付け、富の影響を弱めるための努力が重ねられてきた。また1925年の連邦法では、献金そのものに上限を設けることを実現している。

その後、米国の連邦選挙資金規正法は何度か改正を経てきたものの、富(お金)と選挙の関係を断ち切れないでいる。法的規制を実効あるものにすることがいかに困難かということである。

 ≪富を還元する気概がうせた≫

この点で、「トランプ方式」も「サンダース方式」も、格差を背景にして現れた対照的なファイナンスのスタイルといえよう。選挙資金規正法から独立したところで選挙戦を戦っているからだ。

注目すべきは、トランプ氏が予想外の強さを見せていることだ。そこに「アメリカ社会の変質」が読み取れる。伝統的な米国市民には、公正な競争の勝者に拍手を送り、嫉妬する者を軽侮する美風があった。経済競争には家庭、社会環境、「運」の要素が入り込むため、獲得した富は勝者が独力で得たものではないという考えだ。

米国社会が厳しい競争を肯定するのは、競争を勝ち抜いたものが富を独り占めするのではなく、自発的に社会に還元することによって社会全体が豊かになるという富の再分配の哲学を尊重してきたからだ。熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜いた者は、進んで富を社会に還元するからこそ憧れの対象となりえた。古くはカーネギー氏、近年ではビル・ゲイツ氏などがその典型例であろう。

自己の富の由来の社会性を意識しないトランプ氏はこうしたタイプの富豪ではない。富を自己の独占物と考えるスーパーリッチが跋扈(ばっこ)するからこそ、サンダース氏のような民主社会主義者が支持を得るようになってきたのだ。

資産格差は19世紀の米国社会にも同じようにあった。問題は所得や富の分配というよりも、富を自発的に社会に還元しようとする気概が社会的に消えうせつつあるということではなかろうか。

(いのき たけのり・青山学院大学特任教授)

産経ニュース【正論】2016.3.15
 

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。