湯浅 博
その歪んだレトリックの危険性を憂慮する
米国の大統領選の指名候補争いで、ドナルド・トランプ候補の得票が上がるたびに国際社会は一喜一憂している。何といっても言動に品がなく、歴史に逆行し、話す事実すら怪しい。
メキシコ国境に壁をつくり、イラクの石油はタダでいただき、同盟国からは貢ぎ物を出させ、プーチン露大統領のような独裁者とも手を握る。他候補と比べて男性の大きさまで誇示するに至っては、もう酒場のポピュリズムである。酔いに任せた大風呂敷は、面白いが後の始末が悪い。
過去にも、トランプ候補のような孤立主義は、1992年の共和党の指 名争いに名乗りを上げた伝統保守のコラムニストのパット・ブキャナン候 補がいた。彼は「アメリカ・ファースト」(米国優先主義)を掲げ、湾岸危機への介入に反対し、増税路線に転じたブッシュ政権に反対した。彼はレーガン大統領にさえ文句をつけていた。
ブキャナン氏が指名争いで善戦したのは、雇用に不安を抱く下層白人の投票行動にあった。あるいはテキサスの大富豪、ロス・ペロー候補の登場も、変革期の空白に乗じたアウトサイダーの挑戦だったであろう。
トランプ氏が「南の国境沿いに壁をつくり、メキシコに払わせる」とやれば、彼らの留飲は下がる。ついでに「偉大な米国の復活」を掲げて、19世紀の孤立主義に回帰を目指す。
現在までに投票された2035万票のうち、トランプ氏が獲得したのは全体の37%しかない。トランプ陣営の実態は1976年のG・フォード氏以来、トップを走る共和党の候補としては最弱なのだと米紙はいう。獲得代議員数はいまだ過半数に達せず、夏の共和党大会までに統一候補になるかはなお未知数なのだ。
トランプ候補の歪んだ世界観とレトリックは人種、階層、宗教で分解させてしまう危険がある。米国人が「アイデンティティー」という言葉を好んで使うのは、見失いがちな国家の求心力を大統領選を通じて確認するための長い道なのではないか。(東京特派員)
産経ニュース【湯浅博2の世界読解】016.3.23