米本 昌平
昨年12月の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)でパリ協定が採択され、2020年以降の枠組みが定められた。これを受けて国内でも温暖化対策の議論が始まっているが、ここで重要なのは、パリ協定は1997年の京都議定書とはまったく異質のものである点である。
≪計画経済に等しい京都議定書≫
一言で言うと、欧州連合(EU)が主導した京都議定書は、先進国に対して経済活動に等しい二酸化炭素(CO2)排出量を国際法で縛るという、計画経済を強いるのと同然の、国際合意としては異端のものであった。
これに対してパリ協定は、国際大義を掲げながら、対応策は主権国家が定め国益を確保するという、ごく一般的な形の国際合意に戻ったのである。
パリ協定での国際大義とは、将来の気温上昇を産業革命前と比べて2度以下に抑えることを目指し、できれば1・5度上昇以内の政策も採用するという、高い目標を採用したことである。
だが他方で、その対応策は、各国が申し出るCO2削減策を軸とする政策パッケージに託されており、これはINDC(各国が自発的に約束する温暖化対策に寄与する政策)と呼ばれている。
COP21までに条約事務局には160のINDCが提出されたが、その削減数値を足し合わせても、気温上昇を2度以下には抑えられない。それを見越してパリ協定は、極力早い時期にCO2総排出量を頭打ちにし、今世紀中には化石燃料からのCO2排出をゼロにすることを目指すとしている。
高い理想を掲げながら、国益の壁に阻まれて目的が速やかには実現できないこの形は、温暖化問題が、核軍縮など他の外交課題と同型の問題に変質したことを意味する。ことの善しあしは別にして、日本から見ると、先進国だけがCO2削減を厳しく求められる事態からは解放され、温暖化対策で広い自由度を得たことになる。
≪日本に欠けていたドクトリン≫
ともかく温暖化は不可避であり、CO2削減と併せて、温暖化への適応策を講じる必要がある。この観点からパリ協定では、国境を越えた地域レベルでの対応策の統合が強調されており、そのためには地域レベルの国際共同研究と政策対話が必須となる。
この点で、日本が提出したINDCは、ひどく内向きで審議会答申を英訳したものでしかない。ほんらい日本はずっと以前に、共通の温暖化対策の原理を目指す、アジア外交のドクトリンを示しておくべきだったのだ。
これに対して中国が提出したINDCは、2009年のコペンハーゲン合意に組み込む数値目標をすべて拒否して世界から非難をあびた悪イメージを払拭するものであり、研究者や環境NGOはこの文書を精密に読み込んでいる。
多くの日本人は、中国の環境はひどく悪いと漠然と思っているだけだが、恐らく中国の環境は14年が最悪であった。21世紀に入って中国経済は急成長したが、そのエネルギーの大半を国内炭でまかなったため、CO2排出量は急上昇し、07年にはアメリカを抜いて世界最大となった。
その後も急増は続き、現在では世界のCO2総排出量の26%を中国が占めるまでになっている。CO2排出は中国の動向に大きく左右されるのだ。
≪伊勢志摩サミットで枠組み協議を≫
ただし近年、中国経済は7%前後の成長率に落ち着き、エネルギー効率の高い産業構造への変換を進めている。それを象徴するのが、昨年10月の党5中全会(党中央委員会第5回全体会議)で習近平総書記が強調した「新常態」という中国経済の診断である。
このなかで温暖化問題として注目すべきは、資源や環境条件の制約がきわめて大きいことを認め、省資源・非化石燃料エネルギーへの移行を強化していることである。
その結果、世界の化石燃料由来のCO2排出量は、15年の速報値ですでに減少に転じている。専門誌の『ネイチャー・クライメイト・チェンジ』16年1月号は、その要因は中国の石炭使用の減少である、とはっきり指摘している。
国際緊張がある地域に、別途、環境問題でテーブルを設け、緊張緩和を図ることは現代外交の常道である。それは、欧州全域を対象に冷戦時代に結ばれた長距離越境大気汚染条約という非常に良い先行モデルがある。
アジアに限っても、南シナ海で対立する米中は、温暖化問題で協力することで合意したし、14年7月に習国家主席は朴槿恵韓国大統領と会談した後、主要都市の大気汚染データをリアルタイムで韓国に提供している。
今や東アジアで、環境問題で首脳会議を呼びかけても、機は熟している。理想を言えば、伊勢志摩の主要国首脳会議(サミット)に付帯する会合として、中国・インド・韓国のCO2排出主要国の責任者を招き、温暖化対策の協力のための枠組みを討議するテーブルを用意することである。
外交には、多大な知的エネルギーが必要である。そのためにも日本は、東アジアの地域研究をさらに深めていく必要がある。(よねもと しょうへい・東京大学客員教授)
産経ニュース【正論】2016.2.23
CO2排出削減の鍵握る中国 日本は「温暖化外交」で地域の安定を