2016年04月19日

◆菅直人政権を思い出してはいかがか

阿比留 瑠比



果たして民進党は「立憲主義」の守護者なのか? 

「自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守る」

民進党の綱領はこう高らかにうたっている。一時は、「立憲民主党」とう党名も模索しただけに、よほど立憲主義に強い思い入れがあるのだろう。

以前は、新聞紙面でほとんど見かけなかったこの言葉だが、昨年の安全保障関連法審議と憲法解釈の議論などをきっかけに、メディアに頻繁に登場するようになった。

定義はいろいろできるにしろ、おおよそ「政府による統治行為を憲法にのっとって行う原理」「権力者の恣意(しい)によってではなく、法に従って権力が行使されるべきだとの原則」といった意味である。

民進党をはじめ野党や一部メディア、憲法学者らは、例えば安倍晋三首相の憲法観を語る際に「立憲主義に真っ向から反する」(菅直人元首相)などと批判する文脈で多用する。安倍首相やその政権が憲法を軽視しているとレッテルを貼るのに、使い勝手がよい言葉でもあるようだ。とはいえ、民進党がまるで立憲主義の守護者か、忠実な履行者であるかのように振る舞うのには違和感を覚える。民進党の前身である民主党の政権担当時は、果たしてどうだったか。

試みに、菅政権当時のことを少し振り返ってみたい。菅氏という「憲法には三権分立だなんてどこにも書いていない」と三権分立の原則を否定し、「民主主義とは期限を区切った独裁」を持論とする為政者をいただいた時代である。

菅氏は、首相就任3カ月の時点で起きた平成22年9月の中国漁船衝突 事件では、海上保安庁の巡視船に体当たりした中国人船長を超法規的に釈放・不起訴とさせた。

天皇陛下に習近平・中国国家副主席(当時)とのルール破りの「特例会見」を強いた鳩山由紀夫政権と合わせ、中国に日本は恫喝(どうかつ)すれば法をねじ曲げて対応する「人治国家」であると思わせた弊害は大きい。

翌23年3月に起きた東日本大震災をめぐっては、菅氏の順法精神の決定的な欠落がいよいよ顕著に表れた。

原子力災害対策特別措置法は首相に、原発で重大事故発生の報告があったときは直ちに「原子力緊急事態」を宣言し、自治体首長らに避難指示を行うべきことを定めている。ところが菅氏は、野党との党首会談後に宣言を後回しし、さらに法律の文言にこだわっていたずらに初動を遅らせた。

震災と原発事故が、安全保障会議設置法で「会議に諮らなければならない」と規定される「重大緊急事態」に該当するにもかかわらず安保会議は開かなかった。

5月には法的根拠のないまま中部電力に浜岡原発の停止を無理強いし、7月には担当相である海江田万里経済産業相の「安全宣言」をひっくり返し、原発へのストレステスト(耐性検査)導入を言い出した。

かと思うと、閣議にも諮らずに記者会見でいきなり「脱原発宣言」を打ち出し、閣内で批判されると「個人の考えだ」と引っ込めた。当時、取材先の官僚からこんな愚痴を聞いたのを覚えている。

「菅政権の人たちは、法律や条令を守ろうという意識が全くない」

厳格な法によって国家を治める法家思想の大成者とされる韓非子は、指導者が国を危うくする政治手法の最たるものとして、次のように指摘している。

「第一は、規則があるのにその中で勝手な裁量をすること。第二は、法規をはみ出してその外で勝手な裁断を下すこと」

当時の菅氏の姿そのものであり、立憲主義とははるかに遠い。民進党が政権担当時の自分たちの所業について、反省も見せずに立憲主義を言い募っても、しらけてしまうのである。

論説委員兼政治部編集委員・阿比留瑠比(あびる るい)

産経ニュース【阿比留瑠比の視線】2016.4.18


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