2016年04月20日

◆われわれ夫婦は毎日が結婚記念日

加瀬 英明



このところ、どこへ行っても、中年も若者も、座っていても、立っていても、歩いていても、いつも腰を屈めている。

男も女も、スマホを握っている。恐ろしいことに、日本列島が160万年前に戻ってしまったのだ。

今から160万年前に、猿人がはじめて直立して、人類であるピテカントロプス・エレクトゥスが誕生した。

人間を猿から分ける、もっとも大きな特徴といえば、屈んでいるか、直立していることだ。

スマホを凝視している男女は、猿に戻ったにちがいない。

指先を脇目も振らずに動かしているのは、蚤をとっているにちがいない。

私は街に公衆電話がなくなってから、携帯をこちらから掛ける時だけ、使っている。

私は美空ひばりや、コロンビア・ローズをききながら育った世代だが、これまで人生を1日か、1ヶ月を単位にして生きてきた。

ところが、私は時代に大きく遅れて、取り残されてしまったようだ。スマホを手にしている男女は、数分ごとに関心がつぎつぎと移ってゆくから、一分(いっぷん)単位で生きている。

注意持続力が、数分しかもたない人間の時代が、はじめて到来したのだ。

だから、何ごとであれ、あらゆるものを粗末にする。人と人とのあいだの絆も、生まれない。

言葉も、そうだ。そのよい例の1つが、「認知症」だ。「呆け」とか「痴呆症」というと、差別語になるからといって、「認知症」にしたという。

だが、民法では婚姻外の男女に生まれた子を実子として認めて、親子関係とすることを、認知という。非嫡出子を実子として認めるのは、厳粛な行為だ。痴呆症、いや認知症と一緒にしてほしくない。

しばらく前に、警察庁が「婦人警官」「婦警(ふけい)」の婦が女性を蔑視しているといって、「女性警察官」「女警(じょけい)」と言い替えた。

女性が帚(ほうき)を持っているから、蔑んでいるというのだ。私は幼い時から、母が箒を手にして、心をこめて掃除しているのを見て、帚が母の心の延長なのだと思ってきた。

ついこのあいだまでは、毎朝、家を出ると、路面に清々(すがすが)しい箒目(ほうきめ)があった。路地は舗装されていなかった。路地に面した家の主婦たちが、掃いたのだった。「掃(はく)」という字は、手と帚が組み合わさっている。

電気掃除機が心の延長になるだろうか。テレビのコマーシャルに自動掃除機が登場するが、手間よりも、心を省いているのだろう。

一事が万事だ。コンクリートが細やかな心の働きを、封じ込めてしまった。

家電製品はすべて心を省く。心が余計な時代になった。

「婦」が女性を差別しているといって、男女の違いをなくしてよいのか。「男ごころ」「女ごころ」という言葉も、死語となった。

演歌の題やことばに、「女の港」「男の港」「女坂」「男坂」があった。ちょっとした女らしい仕草に、胸を躍らせたものだった。もう女の港も、男の港も消えてしまった。

“ことば狩り”によって、やれ「セクハラ」だ「パワハラ」だ「右寄り」だといって、先祖から受け継いできた文化が否定されて、本音を語ることができない、息苦しい社会をつくってしまっている。

日本では飽食のあまり、頭に血がのぼらなくなったために、うわべばかりに関心を奪われて、肝心な中身がおざなりにされている。

経済閣僚の金銭授受疑惑が、国政を揺るがすような大問題ではないのに、野党が鬼の首を取ったように、国会で大きく取り上げられた。貴重な労力と、時間の浪費だった。

京都選出の与党議員が妻の出産日に、不倫を働いたといって、全国的な話題となった。

議員の辞職会見には、どうでもよいことなのに、新聞、テレビの記者が詰めかけて、テレビ中継までされた。

私があの議員だったとしたら、まず会場を見回してから、開口一番、「みなさんはもちろん、『新約聖書』を御存知でしよう。イエスが不倫を働いたといって、石打ちの刑となる女のところを通りあわせて、『あなたがたのなかで、罪のない者から、石をとって投げなさい』といわれました。みなさんのなかで、罪のない方から質問して下さい」と、いっただろう。
 
それでも、最初の記者が勇気を振り絞って、質問したら、会場が爆笑に包まれたにちがいない。

私は暇なので、社会勉強だと思って、あの記者会見を終わりまで見たが、中年の女性記者が「奥様との結婚記念日を、憶えていますか?」と、質問した。

結婚記念日とか、誕生日を祝うのは、アメリカとか、西洋のもので、そんなことを口にするようになったのは、昭和20年8月以後のことだ。戦争に負けるものではない。

私だったら、薹(とう)が立った婦人記者の質問に、「私たち夫婦にとっては、毎日が結婚記念日ですから、そんな日を憶えている必要はありません」と、かませてやる。

かなり以前のことになるが、愚妻が「お誕生日に、何か買って下さい」とせがんだので、「バカいうな。俺にとっては、毎日がお前の誕生日だ」といって、黙らせたことがあった。

不倫問題は議員とその妻の2人だけの問題であって、1億2千万人がかかわる必要はまったくなかった。それよりも、日本が直面している緊要な問題が、いくらでもあるはずだ。

物が満ち溢れて、人々が使い捨てるのに追いまわされて、昔も、未来もなく、刹那(せつな)だけに生きている。

人間は直立することによって、広い視野を持つようになったが、屈んでばかりいるから、全員が狭窄症になっている。



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック