2016年05月11日

◆習近平の「同志」金への祝電の背後を探る

杉浦 正章


セピア色の戴冠式の次は軟化か
 

少なくとも北朝鮮が36年ぶりの労働党大会直前や最中に5回目の核実験をやっていたら中国国家主席・習近平の「金正恩労働党委員長」に対する祝電はなかったであろう。世界の指導者の誰もが相手にせず、プーチンですら祝電を送っていない「自作自演の戴冠式」である。


習近平はかねてから小憎らしいヤツと思っているに違いない金正恩を共産党用語の「同志」と呼んで褒めたたえた。その上で「党委員長に推戴されたとのうれしい知らせを聞いた。中国共産党中央委員会を代表して、そして私自身の名前であなたと朝鮮労働党中央委員会に熱烈な祝賀を送る」などと最大限の賛辞を送ったのだ。


これを単なる儀礼と受け取るか、裏に何かあると受け取るかは洞察力の差であり自由だが、筆者は何かあると思う。金正恩が地位を確立して、その生き残り戦略を核ミサイル一点張りから、対話局面に路線を転換する可能性があるという判断がなければこの祝電は送らない。むしろ祝電を送るに当たって当面核実験をしないことを条件にしたとすら思える。
 

金正恩の立場を推し量れば、1月以来の派手な水爆実験やミサイル打ち上げは、すべてが党大会での自らの地位確立を目指したものであったのだろう。その党大会たるや人事の刷新がないばかりか、外交内政上の政策の転換もなく、すべてが自らの求心力を高める「戴冠式」のために演出されたものであった。


そしてその演出内容は、自らを父親の金正日ではなく祖父の金日成との相似形をつくることにあった。北の歴史を見れば金日成時代とりわけ70年代までは、経済的にも軍事的にも韓国と同等であったが、94年の金日成死去で最高指導者になってからの金正日時代は国勢転落の時代であった。


一方韓国は1965年の日韓基本条約に基づき無償、有償、民間借款で合計8億ドルの賠償を得た。現在の物価換算で約1兆8000億円の資金を元に経済成長を遂げ、1人あたりの国民所得は北の20倍に達している。
 

金正恩は党大会でその父の時代でなく、栄光の祖父の時代への回帰を目指したのだ。声までだみ声を出して祖父との相似形作りに専念した。金日成のような背広を着て父の人民服とは一線を画した。要するに祖父のカリスマをフル活用して、とりわけ老齢の党幹部に「金日成の生まれ変わり」として、郷愁を生じさせ、神格化してあがめるよう仕向けたのだ。


それもあってか、まるで党大会はセピア色の写真を見ているような印象を与えるものであった。しかし祖父も太っていたが金正恩は病的に太りすぎである。中央日報が報じた韓国の専門家の分析によると金正恩は演説中、3秒に1回ずつ呼吸をしたという。一般成人男性の呼吸周期は4−6秒に1回であり、呼吸が短く荒い。「新年の辞」の演説では4秒に1回ずつ呼吸をしており、新年の辞に比べて呼吸が1秒縮まり、その荒さがさらに深刻だったという。肥満体が原因のようである。
 


こうしてまがりなりにもセピア色の写真に、はたきをかけて金日成の生まれ変わりとなった金正恩は、今後どのようなかじ取りをするのだろうか。


まずその心理状態を分析すれば、独裁者の常としていかに政権を長続きさせるかを考える。長続きさせるにはどうするかだが、普通ならようやく民生の安定を考える時だろう。そのためには通商を活発化させて、経済的な繁栄を達成する必要がある。


習近平の祝電はまさにこのタイミングを狙って、再び北朝鮮を中国の影響下に置き、政権を安定させ、自らの極東戦略の障害にならないようにしたいという思いが込められているような気がする。
 

そこで焦点となるのが米国の出方だが、気になる動きが生じている。


最近ソウルを訪れた国家情報局長官クラッパーは、米国が北朝鮮と平和協定交渉をする場合、韓国がどの程度譲歩できるかを韓国政府に打診したという。これは韓国内で、米国が現在の休戦協定を平和協定に切り替える為の方策を模索し始めたと受け止められている。


その背景には中国の影響がある。外相・王毅は2月のワシントン訪問で、「北朝鮮の非核化と平和協定議論を併行する案を模索しなければいけない」と述べ、米政府に活発な働きかけを行っている。北風作戦でなく太陽作戦で北の殻をこじ開けようというのである。クラッパーの訪韓は、その中国の主張に米国が動かされていることを物語っている。
 

この動きは韓国側の警戒心を呼び起こしており、中央日報は「平和協定または平和体制に関する議論は『パンドラの箱』になる可能性がある。一度始めれば在韓米軍撤収など我々が望まない事案が飛び出し、とんでもない議論に変質するリスクも大きい」と極めて否定的な論調である。


いずれにせよ、金正恩はその生き残りのために経済と民生の安定に向けて微妙なかじ取りをせざるを得ない情勢になりつつある。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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