小野 晋史
菅義偉官房長官が官邸内を猛ダッシュ!
ドドドドドド…! 熊本県を中心として震度7の大地震が発生した4月
14日夜、東京・永田町の首相官邸のエントランスにも地鳴りのような大
きな音が響き渡った。
音の発信源は、地震発生で急遽、官邸に駆けつけた菅義偉官房長官と、
菅氏に群がる報道陣だった。菅氏は「猛ダッシュ」でエントランスホール
を駆け抜けて奥のエレベーターに向かったため、被害状況や政府の対応策
などを取材しようと記者たちが慌てて追いかけたからだった。
菅氏は昨年2月、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)
が日本人を殺害したとされる映像が公開された際も、エントランスを猛
ダッシュで駆け抜けた。エントランスに控えるテレビカメラがその姿をと
らえることで、安倍晋三政権の初動対応を国民にアピールする効果もあっ
たとされる。
今回の熊本地震は、安倍政権が発足してから最も大きな地震災害となっ
た。菅氏が官邸に入った直後、安倍首相も会合先から官邸に舞い戻り、記
者団の取材に対し「状況の把握に全力を尽くす」などと応じた。
首相は官邸に戻る間、被害状況の把握や災害応急対策、国民への正確な
情報提供などを関係省庁に指示。発生から約1時間半後には関係閣僚や防
災担当者が官邸に集まり、最初の非常対策会議を開催した。
当時は、自民党公認候補の苦戦が伝えられていた衆院北海道5区補選
(4月24日投開票)の選挙戦のまっただ中。安倍政権が対応を一歩間違
えれば野党を勢いづける恐れも十分にあり、初動の遅れは許されなかった。
16日未明に起きた本震でも、菅氏は猛ダッシュこそしなかったものの、
発生直後に官邸入りして記者会見を行い、公邸に宿泊していた首相もすぐ
に官邸へ移動し指揮をとった。
首相の行動力は被災地への視察でも表れた。当初は日に熊本入りす る予
定だったが、同日未明の本震で中止となった。それでも首相は被災地 視
察への意気込みを持ち続け、1週間後の23日に自衛隊機で熊本入り。
ヘリコプターで上空から南阿蘇村の土砂崩れ現場を視察したり、特に被
害 が大きかった益城町の避難所を訪れて被災者を激励するなどした。
このうち益城町の避難所となっていた保育園では、疲れた表情を見せる
高齢の被災者の前に正座して話を聞いたり、子供連れの若い夫婦を激励。
さらに、園庭では多くの避難者から記念撮影を求められると、それぞれに
応じ、スマートフォンを渡された首相秘書官がカメラマン役を務める姿も
みられた。
被災者が置かれた状況は困難だが、このときばかりはちょっとした“祭
り”のようで笑顔も見られ、地震発生以来の疲れを一時的にでも忘れるこ
とができたようだ。
益城町で記者団の取材に応じた首相は、熊本地震の激甚災害指定を明
言。帰京後も被災者の便宜を図る特定非常災害への指定や、復興に向けた
補正予算の成立など矢継ぎ早に対策を進めている。
一方、熊本地震の前震と本震のちょうど中間にあたる4月15日は、北朝鮮
で最大の祝日といわれる金日成元国家主席の生まれた日であった。5月上
旬に開かれた36年ぶりの党大会も控えた北朝鮮が、5回目の核実験や弾道
ミサイルの発射などに踏み込む可能性が高いといわれていた。
そのような状況で発生した熊本地震。結果として北朝鮮は核実験も弾道ミ
サイルの発射にも踏み込まなかったが、官邸は一時的に「二正面作戦」を
強いられる形となった。
これに対して政府高官の1人は「(官邸の地下にある)危機管理センター
は、同時もしくは少しの時間差で、2つもしくは複数の事態が発生するこ
とを想定している」と指摘し、「大丈夫ですよ」と余裕の表情を見せてい
たが、異例の事態だったことも確かだろう。
むろん、熊本地震への対応が100点満点だったわけではない。被災者への
支援やエコノミー症候群への対応をはじめ、発生が夜間だったこともあっ
て、上空からの被害状況の把握も手間取るなど、さまざまな課題が浮上した。
そこで政府内では、今後の災害対応に生かすため、政府として熊本地震へ
の対応や課題、教訓などをまとめる考えも浮上している。未来に目を向け
た大切な作業の一つであり、その完遂も、災害対応に最後まで手を抜かな
い政府の姿勢を国民に示すことになるだろう。(政治部)
産経ニュース【政界徒然草】2016.5.20