2016年06月09日

◆最近の風潮に思うこと

真鍋  峰松

最近の日本の風潮は、国会論議やマスコミ論調を見聞きするにつれ、政治の面でも、社会面でも、“いい””悪い“という単純な両極端に焦点をしぼって対決を迫るというか、結論を押し付けようとする空気が強く感じられ、国民も風になびく葦のごとく右往左往する。 
目下の焦点となっている日米外交における沖縄基地移転問題、明石海岸での人身事故やJR西日本の列車脱線事故に関する責任問題・・・の如く。 私の独断かも知れないが、どれをとっても理性的でない、感情的な二者択一的な議論ばかりのように思われて仕方がない。 

何でも寄せて二で割る式の曖昧主義・中道主義が良いというのではないが、問題を両極端に絞って対立させ、その良し悪しを定めるやり方は決して現実的ではない、と言いたいのである。

あえて言えば、“いい””悪い“をはっきりさせ過ぎるような世の中は、窮屈でもあり、不健全だということになるのだろう。 実際には、“いい””悪い“を極めつけられないグレーゾーンの部分があることが現実でもあり、もともとその幅の中をゆるやかに往還するのが生活であり、政治でしょう、と。 

古来より、日本人は、思想や宗教に縛られることのきわめて少ない体質で、そういう人々が豊かさと苛烈さをともに齎す風土の中で融通無碍に生きてきた、と言われる。それが“日本民族は農耕民族”論の教えるところではなかったか。

それに反し、どうも今の風潮は、全般的にあまりにも自分自身を省みず、他人を責めることに急に過ぎるのではなかろうか。   <評論家>


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