2016年06月14日

◆日本の敵は日本人だ!

〜GHQの魔法が解けない人たちの自由すぎる言行を断罪する〜

阿比留瑠比



「日本の報道の独立性は重大な脅威にさらされている」

 2016(平成28)年4月に来日した国連人権理事会の特別報告者、
デービッド・ケイ氏は記者会見でこう指摘し、政府の圧力がメディアを萎
縮させていると批判した。ケイ氏は日本で国会議員や報道機関関係者、
NGO(非政府組織)関係者らから話を聴いたのだという。定めし、偏っ
た人たちの意見ばかり耳に入れたのだろう。

 また、国会での野党質問や著名なテレビキャスターらの発言をみると、
盛んに「報道現場の息苦しさ」「自己規制」などを強調している。安倍晋
三首相が「独裁的手法」で「立憲主義を破壊」した結果、現代日本では言
論の自由、そして民主主義そのものが危機を迎えているのだそうである。

 だが、誰も具体的に政府からどんな圧力がかかったのかは語らない。何
もないから語れないのだ。立憲主義も民主主義も、自分に都合のいいよう
に恣意的に解釈して意に沿わぬ相手への攻撃材料にしているだけにみえる。

 戦後長く、日本の言論空間を主流派としてほしいままにしてきた左派・
リベラル派の人たちが、以前は自分たちの主張を傾聴していたはずの国民
が思うように操れなくなって慌てている。そして、みんな安倍政権の陰謀
だと騒いでいるのではないか。

 むしろ筆者は、ようやく当たり前のことを当たり前に言える時代になっ
てきたと、そうしみじみそう感じている。

 「事実を述べたものに過ぎず、首相として事実を述べてはならないとい
うことではない」

 安倍首相が15年3月6日の衆院予算委員会で、こう明言したのは一つ
の象徴的なできごとだった。過去に産経新聞のインタビューで現行憲法に
ついて「連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法も全くの素人の人た
ちが、たった8日間で作り上げた代物だ」と語ったことについて、民主党
(現民進党)の逢坂誠二氏の追及を受けてのことである。

 翌日の在京各紙で、この発言を特に問題視したところはなかった。一昔
前ならば、地位ある政治家が憲法が米国製の即席産物であるという「本当
のこと」を指摘したならば、右翼だの反動だのとメディアの批判にさらさ
れ、袋だたきに遭っていただろう。

 また、これに先立つ記者会見で東京裁判の法律的問題点について言及し
た自民党の稲田朋美政調会長が、産経新聞の取材に「以前は東京裁判を批
判するなどあり得ない、という状況だった」と振り返ったのも時代の空気
が変わってきたことを示している。

 文芸評論家の江藤淳氏のいう戦後日本を長く覆ってきた「閉された言語
空間」はほころび、自由闊達な議論がかなりの程度、可能になってきたの
は間違いない。

 現在では、その本質的な虚構性と政治性があらわになってきた慰安婦問
題もそうである。かつては「従軍慰安婦」という言葉が戦後の造語である
ことを指摘するだけで、「慰安婦の存在を否定する人たち」と偏見に満ち
たレッテルを貼られたものだった。

 軍や官憲による強制連行の証拠は見つかっていないという事実を述べる
と、元慰安婦の人権を無視する暴論だと反発された。1996年に早大学
園祭のシンポジウムを取材した際には、同様の趣旨を述べた藤岡信勝東大
教授(当時)に学生らが罵声を浴びせた。

 「元慰安婦の前でも同じことが言えるのか」

 「教授のその感性が許せない」

 まるで議論がかみ合わず、藤岡氏に対する集団による私刑のような雰囲
気だったことが強く印象に残っている。

 さらに現在では、左派系の野党議員も含めて国会で普通に外交上の「国
益」が論じられているが、これも以前は利己的で自己中心的な用語として
忌避されていた言葉だ。

 「国益を考えない援助はあるのか。ODA(政府開発援助)政策の中に
国益の視点があるのは当然だ」

 2003年6月の参院決算委員会で、小泉純一郎首相(当時)が中国へ
のODA見直しに関してこう述べた際には永田町界隈(かいわい)で話題
を呼んだ。それまでは国益を堂々と追求することについて、どこかうしろ
めたく思う風潮があったからだろう。

 少しずつではあるが戦後のタブーは破れ、確実に社会は正常化してお
り、以前はうかつに口にできなかった「本当のこと」を堂々と語れるよう
になってきている。

 戦後の占領期、GHQは新聞、ラジオなどメディアに(1)東京裁判
(2)GHQが憲法を起草したこと(3)中国−などへの批判や、「占領
軍兵士と日本女性との交渉」などへの言及を禁じ、厳しく検閲していた。

 この検閲の後遺症と身に染みついた自己規制から、日本社会は少しずつ
回復してきた。ちょっと前までは特に保守系の言論に対し、甚だ不寛容な
空気が支配していたが、随分と自由度が増し、風通しがよくなった。

 そんな中で、かつて特権的な立場にあった左派系言論人、ジャーナリス
トらは時代に逆行して「政権批判を自粛する空気が広がっている」などと
盛んに吹聴しているのである。

 政権を批判したら、ネット上で激しくバッシングされるのだそうだ。

 これまで保守系の言論を根拠なく蔑視し、時に無視し、また時には危険
で有害なものだと決め付けて「弾圧」してきた彼らは今、これまでのやり
方が通用しなくなってうろたえ、逆上しているようだ。

「安倍政権はテレビ報道を神経質に気にして、監視チームをつくって
チェックしている」

 16年3月にはジャーナリストの鳥越俊太郎氏が記者会見でこう語って
いた。だが、監視チームは本当に実在するのだろうか。これは実態の伴わ
ない被害妄想ではないのか。

 現在、報道機関の偏向やジャーナリストのいい加減な発言を監視・検証
しているのは、政府や与党ではなかろう。そうではなくて、インターネッ
トという情報収集・発信の手段を手にした市井の人たちだと考える。

 左派・リベラル系の言論人たちは、一般国民の向ける厳しい視線が耐え
られないのだ。

 だからそこから目をそらし、本当は存在しない仮想敵を相手にファイ
ティング・ポーズをとり、己に「私たちは正しい」と言い聞かせている。

 GHQが日本人にかけた魔法は、かなりの程度、解けてきた。だが、魔
法が生み出した「夢の世界」に安住し、そこに閉じ籠もって出てこない人
たちもまだたくさんいる。

■阿比留瑠比(あびる・るい) 産経新聞論説委員兼政治部編集委員。
1966年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。90年、産経
新聞社入社。仙台総局、文化部、社会部を経て、98年から政治部。首相
官邸、自由党、防衛庁、自民党、外務省などを担当し、首相官邸キャッ
プ、外務省兼遊軍担当などを歴任。2013年、政治部編集委員。15
年、論説委員兼政治部編集委員。著書に『破壊外交 民主党政権の3年間
で日本は何を失ったか』『決定版 民主党と日教組』(いずれも産経新聞
出版)、『政権交代の悪夢』(新潮新書)など。
※この記事は6月15日発売の『偏向ざんまい〜GHQの魔法が解けない
人たち』(産経新聞論説委員・阿比留瑠比 産経新聞出版)から転載
【産經ニュース】 2016.6.12 01:00  〔情報収録 − 坂元 誠〕
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