宮崎 正弘
<平成28年(2016)6月27日(月曜日)弐 通算第4944号 >
〜ロシア、中欧の失地回復へ動き〜
伊勢・志摩サミット、オバマ大統領の広島訪問、そして米大統領選挙で 本命ヒラリーが苦戦し、実業家トランプの大躍進が連日マスコミを湧かし ている。
すっかりロシアおよび旧ソ連圏の動向が伝わらなくなった。
昨秋、ベオグラードの街を歩いていた時、あちこちの屋台でプーチンのT シャツが売られていた。「8ユーロ、一銭も負けない」と言われたので買 う意欲が失せた。
先月、スロベニアのイタリア国境の町へ取材に行った。書店でヒトラーや ムッソリーニの伝記がベストセラー棚にあった。
セルビアとスロべニアはバルカン半島の旧ユーゴスラビアのなかで「反 米」の旗幟鮮明である。
マケドニア、モンテネグロ、コソボは親米、それも大通りの名称が「クリ ントン・アベニュー」とか、アルバニアの都市にはブッシュ大統領の銅像 が建っていた。
それはそうだろう、アルバニア系住人の多いコソボをNATOの空爆でセ ルビアを敗北に追い込み、まんまと独立を勝ち取ったのだからアメリカ 様々なのだ。
コソボは欧米の後押しで国連加盟が認められたが、ロシア、中国などはい まもって独立を承認していない。だから「未承認国家」といわれ法定通貨 はユーロだ。マケドニアも反ギリシア感情が強く、その分、親米的である。
他方、セルビアはユーゴ戦争で、一方的な敗者となり、悪者としてミロセ ビッチ、カラジッチが裁かれ、おなじく虐殺をおこなったボスニア武装勢 力もクロアチアのなした民族浄化もその戦争犯罪は不問に付された。
セルビアが負けたのはNATOの空爆だった。セルビアの首都ベオグラー ド旧国防省のビル、内務省、公安部のビルは空爆されたままの残骸をいま も意図的に曝している。あたかも原爆ドームで、捲土重来を期すセルビア 人の心境を象徴的に表している。
セルビアの世論調査の結果がでた。57%の国民がロシアの軍地基地を領 内に開設することに賛意を表し、64%がクリミアを併呑したロシア外交 を支持した。
地図を開いてみれば判然となるように、もしセルビアにロシアが軍事基 地をおくとNATOの最前線となった旧ソ連圏のブルガリア、ルーマニア の「頭越し」となる。
中欧のど真ん中、つまりNATOの中枢へロシアが軍事的橋頭堡を建設 するという意味である。
ロシアから見れば旧東欧圏が軒並みミサイルを配備して旧宗主国に牙を 向けたわけだから、反撃攻勢を期してまずはシリア政権を守り、原油パイ プラインの拠点を確保し、いまも軍を駐留させている。
ついでロシアはアゼルバイジャンからパイプラインをNATOのミサイ ルを配備したブルガリアを袖にしてギリシアに話を持ちかけた。南欧の分 断にでているのだ。
5月22日、プーチンは経済団体多数を引き連れ、アテネを訪問している。
クリミア併合、ウクライナ問題での西側のロシア制裁の意趣返しを籠め てプーチン大統領の欧州における失地回復は静かに開始されているのである。
(この稿は北国新聞コラム「北風抄」、6月21日からの再録です)