2016年07月09日

◆流しのギター弾きになりたかった

加瀬 英明



2ヶ月前に、ある雑誌の記者が私の物書きとしての半生を、取材にやって きた。

最後の質問が、「もし、違う人生を歩んだとしたら、何になりたかったで すか?」と、いうものだった。

とっさに、私は「流しのギター弾き」と答えた。

30年前には、もう流しはいなくなっていたが、銀座で飲んでいると、サブ ちゃんといって引退していたが、電話をしてアパートにいると、銀座まで 出て来てくれたものだった。流しているころから、馴染(なじみ)だった。

私は不器用で、楽器は何一つ弾けないが、下手なのに微醺をおびて歌うこ とがある。

黛敏郎氏と親しかったが、『題名のない音楽会』や、徳間音響に煽(おだ) てられて、日劇の舞台で歌ったことがあった。その時に、島倉千代ちゃん が日劇の舞台裏に、大きな花束を持ってきてくれた。

「流しになりたい」と、不用意に答えたのは、日頃から演歌が好きだから だ。演歌は、日本人の溜息だ。演歌は情歌だ。

日本のどこへ行っても、ついこのあいだまでは、情けが微粒子のように空 気の中を、飛んでいたものだった。私たちはその空気を吸って、生きていた。

演歌の歌詞には、外来のカタカナ語も、漢語もない。運命(さだめ)、生命 (いのち)、別離(べつり)、憧憬(あこがれ)といったように、漢字が日本に 入ってきてから、もう千数百年もたつというのに、漢語はいまだに私たち の心の近くにない。

演歌は、心の奥底の溜息なのだ。はかない、やるせない、しがない、うら ぶれた――人生は苦の連続だったから、ちょっとでも楽しいことがあった ら、喜んだ。

雪だけでも、みず雪、かた雪、こな雪、つぶ雪、ささ雪、わた雪、氷雪、 春の雪といったように、感情を託したものだった。

演歌の歌詞は、すべて日本語(やまとことば)で綴られている。演歌がある かぎり、私たちは万葉の歌を生んだ風土に住んでいる。

 私は1950年代末に、アメリカに留学したが、その時に『万葉集』と 『古今和歌集』の2冊だけを、携えていった。古今集に、小野小町の「思 いつつ寝ればや人の見えつら 夢と知りせば覚めざらましを」という、歌 がある。小町は平安時代前期の歌人だが、絶世の美女だった。

といって、もちろん、小町の肖像は残っていない。

『小倉百人一首』の絵札には、女性は後ろを向いた横顔しか、描かれてい ない。正面から描いたら、あられもなかった。憧れた女(ひと)は、胸に秘 めたものだった。

アメリカのクラスメートから、「自分の恋人だ」といって、写真を何枚も 見せられたが、アメリカ人は何と即物的なのだろうかと、思った。

もっとも、日本でも雑誌のグラビアに、美女の写真が大きく載っている が、私が生まれる前から、日本の西洋化が容赦なく進んでいたのだろう。

 明治はじめの小説が、恋を「孤悲」と書いていた。大正の演歌に、「逢 (あ)いたさ見たさに 怖さを忘れ」、昭和に入ると、古賀政男の曲で「儚 き影よ わが恋よ」「二度と泣くまい 恋すまい」というように、恋は耐 えるものだった。

 日本人は万葉の昔から、つい4、50年前までは、風にも、雨にも、波 にも、鷗(かもめ)にも、江戸時代、明治になると、花火、汽笛に も、恋心を託した。多感だった。

 ところが、今では自分勝手な快楽を、四六時中、追っているために、な ぜか、まるで宅急便になったように急いでおり、落ち着きがない。恋まで が、衝動的になった。どこを見ても、情けを知らない、器械的な人間ばか りになってしまった。

 人生が楽の連続であるべきだと思い込んでいるから、すぐに傷いてしまう。

 今の人は、「感動した」「感心した」というかわりに、口を揃えて「癒 された」という。私はNHKから大手の民放までが、よい景色や、絵や、 映画をみたり、本を読んで、「癒された」というたびに、恐怖に戦(おの の)く。

 当り前のように、「癒される」という言葉が使われるようになったの は、この20年ほどのことだ。

 私は会話のなかで、「癒された」と聞いたら、「え、どこか体が悪いん ですか?」と、たずねることにしている。「癒される」というのは、病ん でいることを前提としている。

 人々が耐えることができなくなったために、すぐに傷いて、神経症を患 うようになっているのだろう。

 社民党が解党して、民進党に合流することを検討しているという。

 私は「社会」という言葉を、嫌ってきた。

 社会主義とか、つむじが左に巻いていると、頭の働きが少しおかしいと 信じられてきた左巻きを、連想させるからではない。

 「社会」も明治に入ってから、西洋語を翻訳するために造られた借用語 とも、舶来語とも、呼ばれた。西洋人の真似に身を窶(やつ)す学者が、よ く使う舶来語だから、上っ滑りで、意味がよく分からない。

 「世間様に申し訳ない」「世間知らず」「世間の手前」「世間に負け た」「世間の風の冷たさに」というのを、「社会様に顔向けできない」 「社会知らず」「社会に負けた」と、いえないだろう。

 舶来語は、薄っぺらだ。日本社会党も、社民党も、世間党といっていた ら、泡(あぶく)のように消えることがなかったはずである。

 だから、私は流しのギター弾きになりたかった。



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